Episode 223 調子が上がらない公式ウォーミングアップ
そして、順番はあっという間に回って来て、前の奴が飛び込む直前で美咲に向けて手を上げる。
これは確認し合うための合図。
俺らが見てへんのに、メニューの指示をされとっても見えてへんわけや市、向こうは伝えたつもりでおっても、おられにはメニューが何も伝わってない。
もちろん、その逆のパターンもあるわけで、俺らから美咲のことが見えてんのに、向こうから気付かへんかったら、なんも始まらへんわけやし。
そうならんために、手をお互いに上げて、相互に見てるのか確認するツールにしている。
っと、俺の番やな。とりあえず、今できる全力を出してみるか。
そう思い、飛び出してみる。
う~ん。やっぱりなんかおかしいな。スタートも深いし、そのせいか、浮き上がりもタイミングが全く合わへんし。
とりあえず、50メートルだけ全力を出してみたものの、感覚はイマイチ。最後の砦で大野さんに助けを求めるか?
「大野さん、聞くのはちゃうかもしれへんねんけど、俺、なにがおかしいかわかるか?」
「えっ、あっ、いや。すいません。そこまでは……。咲先輩にヘルプもらいますか?」
やっぱそうなるよな。ただ、ここも藁にすがる気持ちで美咲に聞いてみるか。
頼む。その言葉だけが先に口から出ていた。
それよりも先に美咲に電話をかけていたのだろうか。大野さんが俺にスマホと自分のセームタオルを渡してきた。
「すまんな」
それだけ返して、美咲が電話に出るのを待つ。
『もしもし、どうかした?』
「あっ、美咲か?すまん、俺や。ちょっと借りてる」
『どないしたん?珍しいやん。あんたがうちに電話してくるとか』
当たり前やん。こっちはレースに向けて藁にすがりたいんやから。とりあえず、タイムの認識をすりわせておくか。
「悪いんやけどさ、今のダッシュ、なんぼやった?浮き上がりもフィニッシュタッチもタイミング最悪やってさ。たぶん、5秒近いんとちゃうかなって思ってるんやけど」
今の感覚を全部素直にぶつける。
『手元のストップウォッチで4秒9やった。浮き上がりのタイミングが合えへんってことは、深いんとちゃうん?』
それもわかってる。ただ、それだけやない気もしてるって言うのも言いたい。
「それだけやないねん。今年、俺、タイムがよくないやろ?それがわからんねん。正直、中央のときは、エンジンがかかってないだけやろって思ったんやけど、それからもまったくタイムが伸びて来ぇへんやろ?やから、練習積んで、今のアップのタイミングでなんかわかるかと思ってんけど、まったくや。上から見とってなんかなかった?」
『それがわかってたら練習の時に言うてるやろ?』
だよなぁ。やっぱりそう言われるよな。
「やっぱそうよな~。ほんまなんなんやろ。美咲、もっかい飛んで測ってもええか?」
『別にかまへんけど、そう変わらんのとちゃう?』
「そんなことわかってるわ。やけど、やってみるだけやらせてくれや」
こんなに俺が藁にすがる思いになるとは思いもしなかった。我慢するべきか?
『わかった。ほんなら、また飛ぶときなったら手は上げてな』
「オーライ、頼むな」
それだけ返して、スマホを大野さんに返す。
「ありがとう、助かったわ」
なんやろうな。美咲に相談するだけで少し軽くなるな。抱え込みすぎとったんやろうか。
とりあえず、もう一度試す。課題点が見つかればラッキーや市、見つからずに、調整できひんかったらそこまでやって話やし。
できるところまであがいたろうや。
そう思って、もう一度スタート練習の列に並びなおす。
順番はあっという間に来て、美咲に向けて手を上げる。
……よっしゃ。ちゃんと見てくれてるな。
「いきまーす、よーい、ゴッ!」
大佐野さんの掛け声と同時に、思い切って飛び出す。
……さっきは深かったから、少し浅く入水を心掛ける。……ただ、ちょっと浅すぎたかな。浮き上がりの後の一掻き目がものすごく軽かった。それ以外、今は調子がいい。……ように感じる。
そして、そのままフィニッシュを迎えるけど、やっぱり、感覚は25秒くらい。あとスタートがほんまにどうにもならへん。
いつも通りにプールサイドへ上がると、後ろから泳いできた大神がニコニコしながらこっちに来た。
「なんやねん。なんか言いたいことでもあるんか?」
「そういうわけとちゃうけど、悩んでる直ちゃんも珍しいなって」
「いうとくけど、中央大会のときからずっと気にしてるんやからな」
そんな話をしていると、大野さんが俺にスマホとタオルを差し出してきた。
「咲先輩がいろいろ言いたいらしいです」
なんか、ちょっと嫌な言い方やな……。そんなことを思いながらタオルで顔を拭いて、電話を代わる。




