Episode 219 直哉は復調するのか?
「もし遊菜がいうならそうかもな。ほんで、そのええ相手っていうのが、水の申し子こと、宮武花梨選手。インターハイの決勝で大会記録を更新したのも、あの人に頑張って打ち停って、後半に逆転できたから。さっきも言うたけど、遊菜は速い人が横におれば折るほど力を出すタイプやからな。やから、スゴイとは思うで。やけど、今年、それほどの人がおらんやろ?遊菜ほど早い人が。やから、もしかしたら、レースプランを変えたかもしれん」
「そうや。遊菜先輩、宮武選手と張り合ってインハイ優勝してるんやったな。やけど、その宮武選手が大学に進んだんですもんね。さすがに同じ舞台と言うわけにはいかないですもんね」
そんなことを言いながらタイムを採ってくれる奈々美ちゃん。奈々美ちゃんもプールをじっと見て、ストップウォッチを動かしながら話す。
その遊菜、前半のペースが相当速いのはそういうことなんだと思う。意図は、本人に聞いてみないとわからないけど、たぶん、そういうことなんだと思う。
「遊菜先輩、トータルが5秒85ですね。後半が0秒ちょうど。普段から考えると、後半、相当ばてたみたいですね」
「やな。遊菜も、首ひねって肩で遺棄してるわ。それに、なにも掴まれへんかったんやろうな」
「それでも、予選のトップで決勝ですからね。そこはさすがだと言うべきじゃないですか?」
「やと思うで。うちとしては、一安心やしな。あとは、決勝でどこまで記録を伸ばしてきてくれるか。なんなら、高校記録さえ更新してくれたら、かなりインハイで得も威嚇できると思うんよね」
「いやいや、威嚇って。まぁ、わからなくもないですけど。とりあえず、次は原田先輩ですね。原田先輩もいい感じに来てくれたら嬉しいですね。さっき、アッププールでの調整も、咲先輩のアドバイス通りに行けば戻ったように見えましたし」
「そう。ほんなら、うちとしても最後の悪あがきもうまいこといったってことでええな」
「たぶん、そうだと思います」
そこからまた約10分。今度は直哉のレースに。
たぶん、今日イチ神経質になるところなんだろうな。なんて思いながら、場内を見つめてから、直哉が紹介されたタイミングで大きな声で叫ぶ。
「直哉~!1本~!ファイゴー!」
「咲先輩、相変わらず声が響きますね」
「さすがに響かせられるよ。まぁ、もっとしずかなら、もっと響かせられる自信はあるけどね。とりあえず、奈々美ちゃん、直哉のクォーターラップも頼むな」
「はい」
ということで、ここもだいたいのクォーターラップを取ってもらう。
そんなことを思っていると、鋭く短い笛が4回、長い笛が1回。その笛が鳴るまでの間、直哉は、いつも通り、ドカッとビーチチェイスに座っている。
準備を促す笛が鳴ったあと、ようやく動き出し、ゆっくりとスタート台に登る。その姿は、まるで王者の威厳を見せつけている気がする。
「原田先輩、かなり集中していますね」
「タイム勝負やからな。たぶん、周りは気にせんのとちゃう?あわよくば、前半から3秒後半くらいだしてほしんやけどね」
「今の直哉先輩ならありえそうですね」
「いや、ありえそうやなくて、3秒後半ないし、4秒2までにまとめてくれないと復活したとは言い切れないでしょ」
そう言い切った時に、スタートの合図が鳴って、飛び出していく。
そして、力強くドルフィンキックを何度も打って浮き上がってくる直哉。この場面ですでに身体ひとつの差をつけている。
アップのときよりは調子がいいんだろうな。と思えて、掻きまわす腕もいつも通りに見える。
ここからどれだけ離すことができるか。ってところかな。
「ファーストクォーター9秒3」
タイムを淡々と読み上げる奈々美ちゃんの声は少し緊張しているように聞こえた。だけど、ここからだろうな。もっとびっくりするのは。
たぶん、このファーストクォーターを9秒前半で入れたなら、ファーストハーフは3秒後半、あわよくば3秒前半をたたき出してくるかもしれない。そんな期待がある。
そんなことを思っていると、急に沙良ちゃんが立ち上がって、じっとプールの方を見つめた。
その様子にビックリもしたけど、とりあえず、今は直哉のレースを見届けないと。
「そーれい!」
「ファーストハーフ、3秒4ですね。中央大会より、かなり早いタイムで入ってます」
前回の中欧大会で泳いだ2レースよりも1秒近く早いタイムで回っていった。
前半でこれだけのタイムをたたき出してくるなら、2秒台は射程範囲かな。なんて思っている私もいる。
「ゴー!ハイアップ!ゴー!」
とんでもない声量で応援する声が鮮明に聞こえるな。なんて思ったけど、通路側の座席の前で立っていた沙良ちゃんが叫んでいる声だった。
沙良ちゃん、こんな声が出るのか。クールに見えていたのに、かなり熱い子なんだな。と思った。そして、沙良ちゃんの印象が同時に変わったのを感じた。
そして、直哉は、後半こそ、タイムを落としたものの、51秒35でフィニッシュ。予選からこれだけのタイムで泳げたなら、完全復活って言っていいのかな。
奈々美ちゃんからタイムを聞いた時、そう思ってしまった。
「あんだけ不調やったのに、ここまで伸ばしてくるんか……」
「伊達にインハイ優勝しただけとちゃうからな。ただ、もう一伸びやな。高校記録を突破するんやったら。ただ、インハイに照準は合わせてくるやろう。日本代表でもなければ、海外遠征が入ってるわけでもないんやし」
「そうですね。あとはうちか。こんなん見せられたら、恥ずかしい所見せられへんくなってくるやん」
2人のレースを間近で見て、俄然やる気になったみたいね。この姿を見て、私もひと安心かな。




