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Episode 219 失言する沙良ちゃんとレースに集中する遊菜

「近畿とはいえ、基準が違うから、なんとも言われへんけど……。こんなに遅くても出られるんやな」

「コラっ、沙良!失礼やろ!みんな一生懸命やってんのに。沙良かて、そんなん言われたらイヤやろ?」

「あっ、うん。せやな。どの選手も必死やもんな。浅はかやったわ」

「わかればよし。ほんで、あと少しで遊菜先輩の番やね。咲先輩は遊菜先輩がこの予選をどれくらいで泳ぐと思いますか?」


 急に話を振られたけど、ここからずっと見ている以上、なんだか、解説者の気分になってしまう私がいるのも事実。


「そうやね。7秒が出たらええほうかな。6秒出たらテンションが上がり切ってるやろうから、決勝がちょっと怖いかなって感じ。やけど、どうやろ。正直なことを言うて、うちもわからんわ」

「ですよね。咲先輩もマネージャーであって、預言者ではないですもんね」

『同じく予選6組の競技を行います』

「遊菜~!1本~!」


 いつも通り、声を張り上げて遊菜の気持ちを盛り上げる。だけど、いつもなら振り替えしてくれる遊菜の手は今日に限って見えなかった。

 声が届かなかったか?そんなことをはないと思うけど……。まぁ、いっか。これだけ離れていると、届かなくても無理はないだろうし。

 そんなことを思っていると、いつもと変わらない笛が短く4回、鋭く鳴り、1回、長くなる。

 この合図で遊菜はいつも通り、スタート台に乗り、両手を大きく横に広げてからいつもの構えで合図が鳴るのを待っている。


「遊菜先輩、いつものオーラと違いますね。なんか、今までふわふわした感じやったのに、今日はいつもとちゃう。なんというか、怖いですね。テレビで見る遊菜先輩みたい」


 そういうのは、沙良ちゃん。いつもの遊菜とはまるで違うように見えて、すこしびびっているみたいね。


「うちも、去年のレースを見るまでは知らんかったんよね。初めて気づいたのも、去年のこの近畿大会やったし、うちも、ちゃう人も見てるんかなって思ったくらいやし。でも、それが遊菜やし、集中してるって証拠やから、不思議と安心するんよね」

「原田先輩も同じ感じですか?」

「直哉も~やな。直哉も、普段からとっつきにくい感じはあるけど、レース直前になると、さらにとっつきにくくなるな。たぶん、アップを一緒にしてて感じたかもしれんけどさ。でも、それが集中している証拠でもあって、沙良ちゃんや遊菜が嫌いってわけやないからね」

「府大会のときは、そんな風に感じませんでしたけど……」

「たぶん、地区大会も府大会も、直哉にとっては、敵なしやったからな。そこまで集中せんでも周りさえけん制できたらそれでええって思ってたんやろうな。やけど、府大会であんまり調子が上がらんかったから、ここで集中して、自分のタイムを取り戻そうとしてるんやと思うわ」

「ほんとによく見てますよね。遊菜先輩のことも原田先輩のことも。まぁ、私は最初に楯突いてしまったんで見てもらえていないと思ってますが」


 ちょっと反省したように下を向く沙良ちゃん。……っていうか、私そんなことしたことないし!


「ちょっと待ってや!うち、そんなこと一切してへんで!いうとくけど、みんなまんべんなく見てきたつもりっやからな?せやないと、ギータと沙良ちゃんを張り合わせたりさせへんって!」

「知ってますよ。そうじゃないと、私のこと、いろいろ言ってきませんもんね。でも、本当は感謝しているんです。たぶん、あのままだったら、今年は府大会どまり。もしかしたら、高校3年間ずっと、府大会どまりでやめていたかもしれませんし。本当にありがとうございます」


 なんか、シーズンに入ってちょっとしたくらいのころと比べると、かなり丸くなったなって言うのが私の印象。

 それでいて、フォームもかなり改善されて、良いタイムも出るようになった。話も聞いてくれるようになって、私としては一安心。

 そんな遊菜。スタートの合図が鳴って飛び出していく。


「相変わらず、ドルフィンキックは健在ですね。すでに身体ひとつ出てますね」

「相変わらずやな。ただ、いつも以上に飛ばしてるように見えるな。今のクォーターなんぼやった?」

「頭のクォーターは、0秒3ですね。いつもより速いペースですかね?」

「かなりな。いつもやったら、ここは1秒後半で入るもんな。だいぶ飛ばしてるから、もしかしたら、後半、ばてるかもしれんな。とりあえず、このままクォーターずつ取ってくれる?」

「そういえば、遊菜先輩、さっきのアップでなにかを試してましたね。『うちも変わらなあかんな』って言って」

「あぁ、なるほどな。もしかしたら、今までは、上に行くことばっかりかんがえてたんやろうけど、今はもしかしたら、目標にする自分より速い相手がおらへんくなったから、自分の限界突破を試したいんかもしれんな」

「どういうことですか?」

「遊菜、去年は、インターハイが終わるまではずっと追いかける立場やったからな。それがインターハイも優勝して、高校スプリンターの中で自分が一番速い存在になった。で、今年、大きく変わったことがひとつあって、“ええ相手”がおらんくなったこと。それが遊菜を変えたんかもしれんな」

「そのさっきから言うてる“ええ相手”ってなんですか?とりあえず、ファーストハーフ5秒8です」

「ファースト5秒8か。えらい速いな。後ろと2秒弱も開いてるやん。後半、どこまでキープできるかやで。ほんで、ええ相手っていうのは、遊菜が一方的にライバル視してる人のことな。遊菜曰く、“ライバル”っていうのは、そうしバチバチにやりあうことやし、勝手にライバル視してるのに、ライバルって言うと相手さんに失礼やろ?って言うてんのよね。やから、一方的な場合は“ええ相手”って言うてる」

「それなら、沙良と美菜子みたいな関係が“ライバル”ってことやね」

「今はその名前を出すの辞めて。不快」


 沙良ちゃんは、奈々美ちゃんの発言に対して、目を合わせないまま、じっとプールの方を見ながら言った。

 またこれで奈々美ちゃんと沙良ちゃんとの間が少しピリつきそうになったのを感じたけど、あえて、明るく振舞ってみる。


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