Episode 215 いつもと違う気がした公式アップ
直哉が手を上げたことに困惑していると、もうひとり誰か合流したようだった。
「あぁ、沙良ちゃんか。合流して一緒に泳ぐんや。うちとしては、好きに泳いでおいでって言うたつもりやってんけどな。まぁええか。ひとりで泳ぐより、直哉たちがおるだけでもちゃうんやろうか」
思わず、ポロポロと言葉が漏れていたような気がしたけど、あとで直哉に確認してみるか。
とりあえず、直哉からもオッケーサインが出たし、泳ぎ始めるだろう。
「うわぁ。これだけ速い選手たちがおる中で、それでもきれいなフォームが目を張りますね。ストローク数も少ないうえに、伸びるからか、周りよりも早く感じますね。なんか、沙良の方はストローク数が多いせいか、かなり差が顕著に見えますね。必死に追いかけてるって感じで」
「ここがうちのメニューを経験した年数の違いよな。それに、直哉も遊菜も高校生スプリンターの覇者って感じもするし。そこはさすがの2人よな。なんていうか、ここに来ると、これだけ離れてんのに、2人から威圧感さえ感じるし」
「たしかにそうですね。でも、もっと近くにいると、なおさらなんじゃないですか?原田先輩と遊菜先輩の周り、少し譲り合ってるのか、人が避けてるように見えますもん」
「なんか、これだけ見てると、もっと周りに威圧感を与えたくなるな……」
「咲先輩、顔が悪いですよ……」
「でも、先制攻撃は必須でしょ。さすがに、去年はそんなことすらできひんかったけど、とりあえず、まだもう少しアップさせて、タイム取りのスタートダッシュで周りをビビらせようか」
「ほんまに咲先輩、怖いですって。あと、ここでビビらす必要あります?」
「ええんよ。まぁ、それだけやないんやけどな。とりあえず、全力で泳ぐタイムだけ見ときたいんよね。ましてや、スプリントやから、一瞬が命取りやし、最後の調子を見るためやから。おっ、終わったな」
見やすいスイムキャップのおかげで直哉たちがどこを泳いでいるのかすぐにわかるからありがたい。そんな直哉は、遊菜と沙良ちゃんが揃っていることを見てから、こっちに向けて手を上げる。
その姿を見てから、またハンドサインでメニューの指示を出し、その指示を理解した直哉たちは、またこっちに向けて手を上げてから軽い力で泳ぎだす。
「ほんまに、キックだけでもすごく進みますよね……。ここから見てても、はっきりわかるくらいに」
「せやね。大会の公式アップでこうやって見ると、余計に際立つよな。ほんまに2人とも、うちの技術を自分のものにしきったよなぁ……。さすがやで」」
「えっ?それって、どういう意味ですか?」
「うん?あぁ、あのドルフィンやろ?もともとうち、バックの選手やったし、キックは得意やってん。それをさ、フリーでも活かして、加速を促して、タイムを縮めてたんやけど、それを遊菜にねだられて教えたんよね。まぁ、最初はうちも、細身の遊菜ができひんやろうって思って、理屈だけ教えてんけど、たったそれだけで、その日のうちに形をものにしてしまうんやからな。さすがにそのときは焦ったけど、同時に、行けるって思って教え続けたら、うまいこと型にはまってな。ほんで、直哉も教えてほしいって言うから、教えたら、こっちも型にはまるし。びっくりしたのが本音やけどな」
「ほんなら、ほかの子も……」
「いや、たぶん無理やと思う……。っていうのも、うちとか遊菜のバサロ・ドルフィンって、かなりお尻と太ももを使う上に、形にハマらんかったら、余計に疲れるだけやし、抵抗になるし。やし、まだ直哉も遊菜もまだ不安定やねんな。やから、やりにくいって言うのはあるんよね」
「そうなんですね」
「でも、できる子には教えて試してみるつもりやで。一応、沙良ちゃんがそのつもりで、フォームが安定するようなら、教えてみようかなって思ったり」
「あっ、そういえば、沙良が遊菜先輩とキックの何がちゃうんやろうって言ってましたよ。理屈だけ教えてみてもいんじゃないですか?」
そうか。たしかに、最近、フォームも安定してきたし、少しだけ理屈だけ教えてみようかな。
もちろん、これではまればもっと速くなるだろう。
とりあえず、この大会が終わったら教えてみようかな。……まぁ、素直に話しを聞いてくれるかどうかわからないけど。
あとは、もうちょっとアップの様子を見て、サブプールでのアップメニューを考えるか。
沙良ちゃんはサブプールで泳ぐかな。でも、今日はレースないから、別にかまへんかな。
……まぁいいや。一緒に泳がせようか。
「奈々美ちゃん。悪いんやけどさ、直哉たちにアップメニューを持って行ったってくれへん?ほんで、そのまま連絡係してくれへんかな?っていうか、いつも通りのマネージャー業をやってくれへん?沙良ちゃんもおるし、奈々美ちゃんがおったら沙良ちゃんも落ち着けるやろうし」
「……なるほど。でも、咲先輩が行ったほうが遊菜先輩も直哉先輩も安心できるんじゃないですか?」
「直哉も遊菜もうちがおってもおらんくても変わらんし。それに、うちがおらんくてもちゃんとやってくれるしな。なんなら、沙良ちゃんが心配やからさ。長い間、一緒におる奈々美ちゃんの方がええかなって思ってさ。それに、直哉たちも見て多やろ?直哉も遊菜も素直に聞いてたように見えたから大丈夫やと思うんやけど」
「なるほど。わかりました。それじゃあ行ってきます。えっと、メニューって……」
「あっ、ちょっと待って。すぐ作るわ。2分だけ待ってくれへん」
「に、2分って……。そんな短い時間で作れるんですか?」
その声を沙良ッと聞き流して、ルーズリーフにササッと書き出す。
「それじゃあ、これでお願いな。3人とも同じメニューで大丈夫や市、なんかあったら連絡して。うちは、ここで荷物番しとくし」
そういうと、またプールの方を見て、直哉たちのアップの様子を見守る。そこで思い出す。




