Episode 212 明かされるそれぞれの過去
ここからしばらく待って、開場時間になり、私たちは、25メートルラインを中心にして、場内で最上段を陣取る。ここは私が一番見やすいところで、大きな大会のときは、最上段に陣取る。なんなら、ここだと、最前列に比べて取りやすいところがあるから、それが理由の一つになっていたりする。
「ほんなら、とりあえずアップしてくるわ。またプログラムももらったら見せてくれや」
「いつも通りやん。とりあえず泳いで来ぃや。また人ごみで泳がれへんようにるで」
「わかってるって。ほんなら行ってくるわ」
そんな調子で直哉と遊菜は階段を駆け下りて行った。
「沙良ちゃんも感覚を確認しておいで。荷物はうちと奈々美ちゃんで見とくから。直哉曰く、感覚ちゃうらしいで」
「知ってますよ。去年、私もここで泳いでますから。ただ、今はまだ泳ぎたくないです」
それだけ言うと、少し下を睨みつける。
「あっ、上新学院。まさか、美菜子があそこに……?」
美菜子?誰なんだろう、その人。沙良ちゃんのライバルなのかな?
「あっ、うん。目の前に見えてる。関わりたくない」
「オッケー。咲先輩、ちょっと席を離れますね。あんたはサッサと泳ぐ準備をする!遊菜先輩に追いつきなさいよ。私は美菜子と話すから、あんたは、上から回れるから、それやったら鉢合わせせんで済むやろ。ほら、さっさとする」
沙良ちゃんの尻を叩くように準備させ、その反対側の通路に行ってから、少し前まで行ったのは見えた。
「ほら、沙良ちゃん、なにがあったんかうちにはわからんけど、今がチャンスやで。遊菜に追いついて、泳いで来ぃ」
奈々美ちゃんの話が聞こえていた私は、沙良ちゃんをアップに行かせようとする。それでもまだ少し顔が固い。
「ほら、早くする」
「あっ、はい」
我に返った沙良ちゃんはサッと身支度をして、遊菜に追いつこうとして階段を降りて行った。
そこから数分して、奈々美ちゃんも戻ってきた。
「沙良はいきました?」
「うん、行ったで。で、その子と沙良ちゃんとの間になんかあったん?」
少し話しにくそうな顔をしている奈々美ちゃん。何か難しい話があるのかなと思いながらも、気にしないようにしながらプールの方を見て話してくれる。
「沙良は、地区大会までずっと咲先輩のことを何も聞きませんでしたよね。あれ、中学の時の府大会でぼこぼこにされてからなんですよね」
「それ、どういう意味?」
ここから、奈々美ちゃんの話がしばらくの間続く。
もともと美菜子って子は、小学生の時から、沙良も私も同じスイミングスクールで仲良くしていたんですよね。で、あの当時は、沙良が一番速くて、美菜子もそれなりに速くて、気付けば、私が取り残されるように遅れて行ったんですよね。
でも、2人はタイムをどんどんと伸ばしていって、互いがライバルの存在みたいな仲になっていったんです。その関係が崩れ去ったのは、中3のときの府大会で、2人が1バッタで同じ組で予選を泳いで、決勝も一緒に突破。ここまではよかったんですけど、事件が起こったのは決勝だったんですよね。
2人とも、仲良く並んで泳いだんですけど、結果が見事に天国と地獄で、美菜子が全国大会の制限タイムを切って、沙良がその制限タイムから3秒も遅いタイムだったんです。
そのとき、悪気がなかったんかもしれないんですけど、美菜子が『落ちすぎやろ』って見下したような表情で言っちゃったんですよね。
そこから一気に2人の関係が悪くなっちゃったんですよね。
そのことで、沙良は部活をやめて、スイミングスクールを変えて泳ぐようになりました。で、高校は、咲先輩や遊菜先輩の活躍を見て、ここに決めたみたいなんです。
私は、ケガもあって、のんびり泳ごうかなって思ってここに来たんですけど……。
で、最初のころ、入部したての頃は、しっかりとランニングとか筋トレとかやっていたんで、咲先輩のことも信頼していたみたいなんですけど、泳ぎだしてから、とにかく、フォームチェックばっかりだったじゃないですか。スイミングスクールでは全力で泳いでタイムが伸びていたんで、真逆のことをしているからという理由で、咲先輩に対する信頼がからっぽになっちゃってしまったんですよね。
それが6月までの話で、遊菜先輩に「力を抜いて泳いだらええねん」って言われてから、実際に、池田さんの泳ぎをまねて力を抜く練習をしてました。その直後のリレーで泳いだ感触、ものすごくよかったみたいで、咲先輩が行っていたことが合っていたんだって気づいたらしいです。そこで完全に咲先輩への信頼が戻った感じですかね。
で、今日は、メニュー無視の全力で泳ぐきっかけになってしまった同級生の大石美奈子が目の前にいたことにビックリして、ああいう形になってしまったんだと思います。
ただ、ここで鉢合う以外はないんじゃないです件。今日は、応援で来ただけって話していましたから。
あの子、半フリと半バタって言っていたんで」
そこまでいうと、奈々美ちゃんは言葉を一度切った。
「沙良ちゃんにもちょっと苦い過去があるんやね……。うちよりめちゃ複雑やな」
「咲先輩も何かあったんですか?」
ここで少し話すかどうか悩んだところだけど、まぁ、奈々美ちゃんになら反して理解を得てもらってもいいのかなって思ったよね。
それだけ思うと、私も、奈々美ちゃんに話し始める。
正直言うたらね、うちもいろいろあったんよ……。
うちは、中学3年の時、市大会があって、そのとき、一生に一度かもしれもわからへん決勝に8フリで出てんけど、自己ベスト出したのに、15秒差で逃してさ。もう、人目を気にしながらだったけど、思い切り泣きじゃくってさ。
幼なじみの直哉にいろいろ声はかけてもらってんけど、やっぱり、1決とはいえ、最初で最後の決勝でこんなことなってもうたらさ、立ち直れんくて、心がぽっきり折れてもうたんよね。
あのときは、まだ大会途中やったけど、個人もリレーも全部蹴っ飛ばして、水泳はやめたんよね。もう、一生やらへんつもりで。
うちがここに来た理由も、バイトもできるし、校則も緩いし、ある程度自由やからってことでここに来てんけど、なんでか、幼なじみの直哉がおんねん。びっくりしたで。
直哉やったら、普通に御幣大附とか桃谷学園とか入れたのにおるんやからな。
そんな直哉に、始業式の後かな。部活紹介みたいなもんがあったやろ?それのあとに、直哉に屋上に連れられて、水泳部の見学をして、気が付いたら、水泳部に入ってて、今に至るって感じかな。
ここで言葉を一度切り、天井を見上げる。
なんていうか、本当に自分自身でも不思議だなって思っている。
辞めるって言い切ったのにもかかわらず、直哉と一緒に水泳部に入るなんてね……。ましてや、その直哉が高校日本一に輝いてしまうって言う……。




