Episode 211 引き継ぎから私のレースをするだけ
さすがに、何年ぶりのリレーの引き継ぎで、かなり緊張している。
というか、何年ぶりのリレーだよ。と思いながらも、昔の感覚を思い出しながら、スタンディングスタートの構えを取り、指先を愛那の泳ぐ指先に合わせて追いかける。
こんな感じだったよな。なんて思いながら、タイミングが合うかどうかわからないけど、合わせている。
まぁ、スタートはできないだろうな。そんなことも頭の片隅で思い始めているものの、正直、なるようになるしかない。そんな思いで、ラスト5メートルまで来ている愛那の指先を追いかけ続ける。
そして、愛那の指先がプールの壁に、私の指先がスタート台の縁に当たったと同時に、思い切って飛び出す。
……ん?思ったより行ける?行けた?
愛那がどのタイミングでフィニッシュして、私がどのタイミングで飛べたのかはわからない。
だから、フライングを取られるのが少し怖いところではあるものの、それでも、もう水中にいるのなら、泳いでいくしかない。
そんな思いで思い切りドルフィンキックを打ちこみ、浮き上がってこようとする。
思ったより、深く入った感覚がして、正直、少し焦ったところはある。
とは言いつつも、規定ギリギリのハーフラインまでになんとか浮き上がり、腕を回し始める。
直哉や遊菜は、ファーストクォーターをノンブレスで行く姿をよく見かけるけど、さすがに、私はそんなのができるわけもなく、自分のフォームを意識しつつクォーターブレスでレースを進めて行く。
そして、10掻きもしないうちにファーストクォーターのターンを迎える。
いつも通り、2メートルラインで最後のブレスを挟み、もう一掻きしてから気を浸けの状態でくるっと回り、また壁を蹴る直前にストリームラインの状態をとり、壁を思い切り蹴り、また少しだけ姿勢を整え、ドルフィンキックを打って行く。
これで、私が何番目なのかわからないけど、私は私ができることをしていくだけ。
そんなことを思いながら、またドルフィンキックを打ちながらゆっくりと浮き上がり、また浮き上がりの感覚を確認してから腕を回し始める。
正直、まだ腕は軽い。これがラストハーフになってくると、だんだんと腕が重くなってきて、キック頼みになるんだろうな。そんなことを思いながら泳ぎ進め、あっという間にファーストハーフのターン。
ファーストクォーターのときとおなじように、せーの!でくるっと回る。
そして、ここで完全にスタミナ不足だな。っていうのが明らかに感じられてくる。
肺活量モスクなっている気もするし、ターンしてから、たった5メートルを過ぎたあたりでブレスがしたくなるって、ロングレース以外、昔ではあまりなかったんだけどな。さすがに、衰えたな。
そんなことを思いながら、重たい身体に鞭を打ちながら、最後の50メートルに向かって泳ぐ。
まだキックは行ける。ただ、もう腕は重いから、比重を少しキックに置くにする。
正直、ここまで来たら、私は満足だ。これだけまだ泳げることに驚きながらも、満身創痍なのは変わらない。
さて。ラスト25メートル。もう、自分の体内時計なんて、自分が泳いでいる施家狂いまくっている。とりあえず、全力を尽くして、アンカーの遊菜のもとに飛び込むか。
そんなことを思うと、一気にブレスの数を減らす。そうすると、酸欠になるのは必然。ブレスをするたびに記憶は戻るものの、それまでの記憶が数秒間ほどない。それは、目をつぶって泳いでいるからかもしれないけどね。
「来い!」
そういうふうに吠えている遊菜の声が聞こえてきた気がした。
もしかしたら、幻聴かもしれないけどな。なんて思いながら、遊菜の声にはげまされながら、ラスト5メートルのラインを超えていく。
そのタイミングで最後のブレスをして、無我夢中で突っ込んでいき、壁にタッチしたところまではなんとか記憶が保てた。
内心では、なんとかなったかな。なんて思いながら、水面に顔を上げ、後ろを振り返っていた。
「咲ちゃん、ナイスパフォーマンス。2番手のまま返ってくるのはさすがやで。ほんまに、緊張してた姿はどこ行ってん」
上から愛那の声が降ってくる。
「小心者やからね。それに、中学の時、やらかしているから、怖いもんは怖いわ。まだ」
「とりあえず、はよ上がってぃや。遊菜っち、あっという間にファーストハーフのターンを決めてんで」
そう言われて、後ろを振り返ると、遊菜が飛沫を上げてこっちに向かってくる姿が見えた。
ヤバッ。そんな声が私の口から漏れた気がしたし、少しびっくりしたのも事実。
よっと。と声を上げながら勢いをつけ、プールサイドに上がろうとする。ただ、少し高い壁。しかも、腕に乳酸がかなり溜まっているせいか、いつものように上がれず、2回目のチャレンジで思い切り弾みをつけプールサイドに上がる。
その3秒後、遊菜のターンがさく裂し、少し焦ったよね。
そんな遊菜は、さらに飛ばすように、力強くドルフィンキックを打ち、スタミナ無視で全力で泳いでいく。
周りはやっぱり、朝と同じで少し引いている。
まぁ、それは無理もないだろうな。高校女王の遊菜なんだから。
その遊菜は、応援を切り裂くように泳ぎ、あっという間にトップを捕まえ、50メートルのターンをする頃には、あっという間に抜き去って、独走に近い形を取ろうとしている。
まぁ、比較的タイムが落ちる2組でこんな化け物が来るとは思っていないもんね……。
で、その遊菜は、スプラッシュの少ない泳ぎであっという間に100メートルを泳ぎ切り、レースを終わらせた。
何も言わせへんで。まるでそういうかのように、クールにふるまう遊菜。
「ナイスパフォーマンス、遊菜」
愛那がそう声をかけると、遊菜はゴーグルを外し、偽りのないリスのような笑顔を私たちリレメンに振りまいた。
その瞬間、少し近くのプールサイドにいた人たちが少し静まり返ったような気がした。
もしかしたら、ゴーグルを外した美少女の遊菜にビックリしたのかな。
「愛那っちも咲ちゃんも沙良っちもナイパフォな。今までより一番速かったんちゃう?」
「スプリットブック見てみんと何とも言われへんけどな。けど、ええ感じに泳げたと思うで」
「私も。遊菜先輩の声で私も力を抜いて泳げたように感じました。なんか、いつもより早かったような気もします」
「ほ~らな、言うたやろ?力抜いて泳いだら速なるって。あんたの直さなあかんところは、力を入れすぎるってところと、素直になるってところやねんから」
遊菜が珍しくレース後に冷静だな。いつもなら、大興奮で周りが静かにさせるって言うことが多いのに。
まぁ、これで私はとりあえず、お役御免だな。あとは着替えてマネージャーの仕事をするだけ。
そこからレースは進み、何とかみんな泳ぎ、自己ベストを更新する選手もいて、この地区大会はいい感じに終わったと思う。
そして、次の中欧大会に出場する選手は、直哉と遊菜が入っているのはもちろん、ここに男子からは1バタをギリギリでギータが、女子からは1バタと2バタで沙良ちゃんが出場を決めた。
あともう少しって言う選手が何人かいたのも事実で、残念ながら進出はならず。それでも、ベストが出てテンションの上がる選手が何人もいたから、全体的に見て、良い大会だったんじゃないかなって思う。
まぁ、個人的にも、レースは満足しているし、またマネージャー業に専念できるうえに、なんなら、マネージャー2人も育ってくれているし、良い感じ化も。
とりあえず、今年の夏も楽しくなりそう。
さて。明日のメニューでも作って今日は終わろうかな。なんて思いながら、直哉と一緒に帰路に就く。




