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Episode 210 3年ぶりのフリーリレー

「おっ、咲ちゃんの顔つきが変わったな。だんだんと選手側の人間になってきたんちゃう?」

「ほんまや。咲ちゃんのその顔を見るのは初めてかもな。朝のレースは緊張してたからな、ほんまに始めたての選手見たいやったもん」

「いやいや、レース自体がほぼ1年ぶりやで。ムリやって。今はほんの少し感覚も戻って来てるから、なんとかやけどな」


 とりあえず一息ついて、対岸を見る。25メートル先の景色は、ほかの学校の応援だろうか。声を上げている様子も見える。


「沙良!スマイルアゲイン!」


 ざわめきの中、微かに聞こえる奈々美ちゃんの声。そのあとに、愛那と遊菜からも「笑って行こうや」ってこえが耳に届いた。

 そんな沙良ちゃんに私も「無理しなくてええからな」とだけ声をかけたタイミングで審判長の笛が鳴る。

 笛が鳴り、スタート台に上る直前。天井を見上げ、一息吐いた沙良ちゃんは、長い笛が鳴るまで上を見続けたまま、ほんの少し笑ったように見えた。

 まるで、奈々美ちゃんの声が届いたかのように。でも、それが一番だよ。そんなことを思いながら、私もレースに集中しようとする。


「よーい」


 いつもの声が聞こえた瞬間、私の足は完全にすくむ。

 やっぱり、ここはいつも通りだ。バックのときでも、プールサイドにいても、緊張していると、ガチっと身体が固まってしまう。

 たぶん、これはどうやっても戻ることはないだろうな。なんて思いながら、スタートの合図を待つ。

 その直後。スタートの合図が鳴り、沙良ちゃんは豪快に飛び出していく。

 浮き上がりまでは、少し力が入っているかな。なんて思ったところはあったけど、浮き上がってからは、いつもよりは、ほんの少しだけ力の抜いた感覚なのか、ストロークペースがいつもより回数が少ないような気がする。


「誰かの差し金やろうね。でも、ええ感じに泳げてるやん。タイムが出るかは別として、力を抜くってことは覚えたんちゃう?これでタイム出たら最高やろ」


 遊菜がボソッと言ったのは聞き取れたからっていうのもあるけど、私も「せやね」と反射で返していた。

 そんな沙良ちゃん。一気に25メートルを泳いでいるみたいで、かなりの勢いで飛ばしていく。もちろん、トップを独走している。

 まぁ、女子の中で1分10秒もかからないくらいで泳ぐ選手が少ないって言うのがあるから、そう見えているだけかもしれない。

 でも、今までのベストが出そうで、私としては期待しかない。

 そして、そのままトップのまま50メートルの折り返しをしていった。

 

「なんだかんだ、ええ感じやな。こんなん見せられたら暴れるしかなくなるやろ。ほんまやったら、あいつの様子を見てどうするか決めるつもりやってんけど」


 遊菜は、沙良ちゃんの態度次第で泳ぎを変えるつもりだったんだ。なんて思いながら、セカンドスイマーの愛那に声をかける。


「こんなんされたら、頭おかしなるやろうけど、無理しなや」

「わかってるって。もう、何が起きても不思議やないからな。まぁ、うちが順位落として咲ちゃんに繋ぐやろうな」

「別に気にせぇへんよ。後ろには遊菜にはおるんやから」

「せやで。うちがおるんやから、何も気にせんでええからな。自分の泳ぎだけしてくれたらそれでいいからな」


 なんていうか、力強すぎる遊菜の言葉。そんな遊菜は、愛那に声をかけると、愛那の少し後ろで脅しともとれる恐ろしい声をかける。

 これだけ力強い言葉なら、私としても安心して泳ぐことができるだろう。そんなことを思いながら、最後の力を振り絞って泳いでくる沙良ちゃんに声をかける遊菜を見る。


「ほら!ラストまで持ってこい!あんたの力はそこで終わりとちゃうやろ!もっと上げてこい!ラストまで上げてこい!」


 メドレーリレーの時と同じように吠える遊菜。

 その姿に場内は少し引いている人もいるだろうけど、これが遊菜の本性。リレーで見せる姿は、自分を奮い立たせようと吠えているだけだった。

 まぁ、そうすることを見るのも久しぶりだけど、あらためて、この吠え声を聴いていると、私もやる気が出てくる。

 そして、そのまま愛那に引き継ぐまでずっと吠えている遊菜の横で、沙良ちゃんが壁にタッチし、その瞬間に愛那もスタンディングスタートで飛んでいく。


「まだ、行ける。なんやろ、この感覚」


 変な感覚に陥っているのかわからないけど、沙良ちゃんが少し息切れしているものの、「まだいける」という言葉が出るとは思わなかった。

 だけど、力を抜いたフォームで泳いだ結果だろう。それがこの結果が出ているんだから、まぁ、良い兆しが出るんだろうな。なんて思いながら、愛那が泳いでいく姿を見ていた。


「咲ちゃん、気張らんでええからな。なんかあっても、うちがカバーするから」


 そんなことを言った遊菜がものすごく格好良く見えて、これがエースなんだろうな。なんて思ってしまった。


「そんなこという遊菜先輩、ずる過ぎませんか?」

「そんなこと言うんやったら、うちみたいになることやな」


 まぁ、そうなるだろうな。なんて思ったけど、扇商なりのレースの組み方があるから仕方ない。

 とりあえず、私は私のレースに集中しようか。

 それだけ思うと、愛那が泳ぐ姿を見守ることにする。

 その愛那、やっぱり、沙良ちゃんのすぐ後ろを泳ぐせいか、少し遅く見えた。

 そして、じわりじわりと後ろとの差を詰められていく愛那。さすがに、全力が泳いでいることもわかっているから、さすがになにも言えないし、私も後ろと詰められるだろうから、最後のターンを決め、こっちに向かってくる。

 その姿を見て、私もそろそろと準備を始める。


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