Episode 202 緊張する公式戦
「心肺すんなよ。俺も大神も地区大会は出るからよ」
唐突なカミングアウトでいろんなことで吹き飛ばされた。
「えっ、直哉、今年の要項見た?去年のインターハイの結果が正式なものやねんから、わざわざ地区大会でも中央は出られるんやで?なんでわざわざ」
「俺らが出たほうが、こいつらも盛り上がるやろ。ただそれだけや」
そんなひと悶着があったあと、私は、とりあえず地区大会までの期間限定で選手復帰が決定。もちろん、選手復帰が決まってからも、全レーン分の練習メニューは作っている。
そして、練習再開2日目に測ってもらったタイム。やっぱり、マネージャーとして活動していた分、パーソナルベストからかけ離れた数字をたたき出して、割り切っていたものの、落胆したのは秘密の話。
前半はいいけど、やっぱり課題はファーストハーフの50を過ぎてからの後半よね……。さすがに、フォームを固めつつ、スタミナ練習も入れていかないと間に合わないよね。なんて思っている。
「ほんま、相変わらず、鈴坂と一緒で、手本みたいなフォームで泳ぐよな。ほんで、あいつにはない力強いストロークも残ってるし」
休憩に入った私に直哉が話しかけてきた。
「まだまだあかんわ。ハードの時のバサロもかなり鈍って、太ももパンパンやし、腕も乳酸が溜まりまくってるしさ。中学の時、こんなんやったかなって思うくらい。最悪、1バックを泳ぎ切るスタミナさえどうにかなればなんとかなると思うけど、ただ、そこまでタイムも戻せるかどうか……」
「気にせんでええやろ。どうせ、鈴坂がリレメンに戻ったらタイムは落ちるんやし。今の時点でもお前の方が速いやろ?」
「まぁ、そうやけど……」
「ちょっと直ちゃん?ひどくない?本人が真後ろにいるっていうのにさ、ためらいとか周りを見ることなくいうってさ。それ、どうなの?」
捻挫してから復帰できるまでマネージャーとして動き出した香奈ちゃんがいつの間にか……というか、私たちが香奈ちゃんの後ろにいたのか。ちょっと不満げな声で言った。
「でも、事実やろ?まぁ、言うて、今の美咲とやったら、10秒くらい変わるだけやろうし、今の状態でも強豪校に勝てるわけとちゃうから、大差ないやろ?」
「まっ、まぁ、そうだけどさ……。でも、咲ちゃんって、1バックのベストってどれくらいなの?」
「そうやね。……1バックのベストは20秒くらいやったような気がする。さすがに、3年も前の話やし、細かいことは忘れてたわ」
「そうなんだ。やっぱり、咲ちゃんは速いね。選手に戻っちゃえば、もっと活躍できそうなのにね。……5本目5秒前~」
香奈ちゃんは、何ごともないように言って、自分の仕事に戻った。
私は、香奈ちゃんに引きつりかけた顔を見られなくて済んだ。とひと安心。ただ、その代わりに嫌な記憶が軽くフラッシュバックしてきた。
こりゃ、まだまだ記憶から消えることはないだろうし、克服までにまだまだ時間がかかるだろうな……。そんなことを思いながら引きつった顔に苦笑いが増えた気がする。
「あいつに痛いところ突かれたな。ただ、気にすんなよ。お前はお前らしく楽しんだらええんやし」
「あっ、うん。サンキュー」
それだけ返すと、直哉は自分のレーンに戻って、また私が組んだメニューで泳ぎだす。
私もそろそろ戻って練習するか。そろそろ休憩が終わるタイミングなんだし。
そこから、私は昔に泳いでいたフォームを思い出し、ターンのタイミング、最初から最後まで必死に感覚を取り戻すために必死に泳ぎ、ときには愛那にアドバイスをもらったりしながら、なんとかスタート以外のすべて取り戻すことができ、レース当日を迎えることになった。
「はぁ、さすがに緊張してきたな」
「咲ちゃん、気負いすぎちゃうん?メドレーの1泳とフリーリレーの3泳やろ?たいして、緊張するものやないやろ?」
「まぁ、メドレーはわかり切ってたことやねんけど、なんで、うちがフリーリレー出ることになるんやろうか」
「まぁ、それだけ咲ちゃんの力が残ってたってことやろ。まぁ、1泳とかアンカーじゃなくてよかったやろ」
「ほんまに~。愛那~。フリーリレーの3泳と2泳を変わってぇや~」
「いやいや、2泳も3泳も変わらんやろ。フリーリレーのスタートは沙良っちやねんから」
「まぁ、そうやねんけどさ。なんていうかさ、フリーリレーの引き継ぎなんか久しぶりすぎてさ」
正直に行って、気が全く乗らない。ただ、メドレーリレーに関しては、背泳ぎがトップバッターだから仕方ないとはいえ、フリーリレーまで泳ぐことになるとは思わなかったわけで、正直、ここまで期待されると思っていなかった。
ただ、もうやるしかないか。とりあえずアップに行って、雰囲気に身体を慣らすか。




