Episode 200 直哉の叱責
「ほんでや。稲葉さん。ほんまはこんなこと言いたくないんやけど、俺から何個か質問させて。ひとつ、なんでこんなにサークルが緩いか」
「隣に合わせるためなんじゃないですか?」
「そこからか……。サークルが緩いのは力を抜いて泳ぐためや。力んでたら疲れるだけやからな。ほんで二つ目。今までちょくちょくフォームチェック指定のメニューがあったやろ?まぁ、フォームチェックだけやなくても、ハードメニューの中に一部だけイージーとか。これの意味は?」
「意味のない息抜きかと」
「意味のない練習とかするわけないやろ?これに関しては、力みを取って抵抗の少ないフォームを固めて泳ぐことが目的や。抵抗の少ないフォームを固めたら自然とそういうフォームになって、楽に泳げるやろ?そのフォームで泳げるんやったら万々歳やん?そうやと思わんか?」
「まぁ、それやったら完璧やと思いますけど……」
「やろ?言うとくけど、俺も大神も近畿とか全中予選で止まっとってんけど、全部改善してくれたんは、美咲のメニューとアドバイスやから。別に全国に行かれへんくてもかまへんって言うんやったら、無視でかまへんし、美咲も見限ってただただ泳ぐ練習メニューを作るだけやと思うし。ただ、俺はマネージャー陣のいうことは聞いたほうが全国は近くなるかなとは思うけどな。まぁ、結局は自分のことやから、それは任せるわ」
それだけ言うと、直哉は前の2人について行くように軽い力で泳ぎだす。
取り残されたような感じになった沙良ちゃん。直哉に言われ、何かを考えこむような表情を見せている。
そこへ畳みかけるように愛那が話しかける。
「ついでに言うけど、前を泳いだギータも最初は4レーンとかそのへんを泳いどってんで。バッタだけで見たら、1年で15秒ほど縮めてるし、1フリも10秒ほど。すごいと思わへん?中学も競泳やってて10秒って。もちろん、咲ちゃんの作ったメニューとフォームのアドバイスで。そりゃあさ、直ちゃんも遊菜っちも半フリをたった3か月?で3秒ほど縮めたんもすごいけどさ、みんなゴツくないやろ?みんなパワーで速くなったって言うより、技術で速くなっとるんよ。まぁ、多少パワーもあるけどな。やからさ、沙良っちも『今よりも速く』とか『インハイ行きたい』って言うんやったら、ちょびっとだけでもええから、マネージャーの言うことに耳を貸してほしんよ。もちろん、うちらかてさ、みんなに速くなってほしいから教えてるわけやし、こうしてみたらどうって言うアドバイスも出してる。もちろん、人それぞれやから、うまくいかへんこともあるけどさ、試してみて、しっくり来て、それでタイム出るんやったらなおさら自分のことのように嬉しいしさ。沙良ちゃんが師事してるコーチの言うことも聞かなあかんやろうけど、今のコーチ、そんなに見てくれてへんのとちゃう?うちはそんな気がするかな」
珍しく、愛那がものすごい饒舌。なにか起きたりしないよね……。
「なにかうちに対して言いたいことある?」
ここで何か言えたら強心臓だと思うけど……。
「いえ、特に何もないです」
さすがに、愛那の圧に押されたのか、沙良ちゃんが少し小さな声で答えると、愛那がまたしゃべりだす。
「ほんなら、ルースンでたまりにたまった乳酸流して来ぃ。そのあとまだメニュー残ってるから」
やっぱり、今日の愛那。いつもとちがう。なんだろう。この違和感。
ただ、少し冷たく言ったものの、愛那の目はまだ沙良ちゃんを突き放していない。それでもだいぶ落胆しているのか、沙良ちゃんは少し難しい顔をして、軽い力で泳ぎだした。
「はぁ。ほんま怪我せぇへんか心配やわ。あんな泳ぎ方してたら、肘とか腰が心配になるしさ、うちも、あの子の泳ぎに近い形のフォームやったからさ、そのせいで腰をやったっていうのもあるしさ。ただ、やっぱりあの子、ほんまにうちらの話を聞いてくれるんかどうかすらわからんわ」
「あの性格やとね……。うちも何も言われへんわ。たぶん、なんも響いてへんねんやったら、うちにも愛那にも不信感しか持たへんやろうしさ。ただ、どうなるか。かな。このあと、おとなしく練習してくれるか、不信感を持ったまま、内容無視で今のフォームのまま無理に全力で泳ぐか。
「ほんまそこよな。まぁ、この調子やったら、うちらマネージャー陣がなにか言うて変わることはないんやろうけど……」
愛那が言わんとすることもわかる。私もそこを心配しているのよね。ただ、やっぱり、愛那の言う通り、改心するかどうかは本人次第。
私としては、もちろん、みんなに楽な力で自己ベストを更新してほしいから。ということを念頭に置いて、フォームチェックを中心にこの時期は泳いでもらっている。
ただ、ルースンで泳いだ沙良ちゃんは、まだ少し腑に落ちていないようで、まだ顔がぶすっとしていた。
この表情から察するに、まだマネージャー陣の不満というか、私への不満が解消されていないって言うことか。
……はぁ。まだまだ前途多難だな。
そんなことを思いながら、まだまだ続く練習を全体が見える位置から見ていた。




