Episode 198 スーパーマネージャーに対しての不信感
「オッケー。そこさ、オールハードじゃなくて、ドリルを挟もうか。やったことある?おなかにビート板乗っけて泳ぐやつ」
「あっ、それ、進まへんやつですよね?みんなビュンビュンとビート板を飛ばすっていうの」
言ってることはわからなくもないけど、そんな独特な表現の仕方だな。そんなことを思いながら、私は言葉を続ける。
「まぁ、それをどう言うか別にして、それやって、自分の軸がどれだけブレてるかって確認してもらおう。このスイムしか見ていないけど、だいぶ軸がゆがんでるからさ。クォーターエイトワンハーフでいいからやってみようか」
「わかりました。ちょうど終わりますね。うまく言えるかわかりませんが、やるだけやってみます」
優乃ちゃんはそう言った後、選手に指示を出す。その姿を見て、少し早いかもしれないけど、少し成長したなと思った。
その横で奈々美ちゃんが見ていたレーンの部員が途中だったメニューを終わらせたみたい。そのタイミングで奈々美ちゃんに声をかける。
「ごめん、次のメニューに行く前にドリル挟みたい。ビート板をおなかに乗っけてプルで」
奈々美ちゃんは急に言われて少しびっくりした様子を見せた。
「ごめんごめん。見てたら、みんな軸がブレまくってるからさ、ちょっとでもできるときに矯正したくて」
「私も見ていて思いました。優ちゃんの子もすごいブレているのも気になっていましたし。とりあえず、ドリルですね。わかりました」
そういうと、奈々美ちゃんはメニューを伝え、部員は泳ぎ始める。そして、1年生はビュンビュンとビート板を飛ばす。……まぁ、そうなるか。と思いながら、ゆっくりと泳いでいく姿を見ている。
対する優ちゃん組も、みんながそれぞれ苦戦しながらもなんとか終わらせたみたい。
「そのままメニューに戻ろうか」
そう声をかけて上げると、こっちを見ていた優ちゃんはプールの方を向き直し、メニューを伝えた。そして、私からも一声かける。
「オールハードだけどさ、ただただ飛ばすだけじゃんかうて、さっきのバランス練習を意識してな。そのためのビート板やねんから」
『えい』
そういうと、優ちゃんの声を合図に泳ぎだす。数本見ただけだと、身体のブレは少しマシになったかな。なんて思ったり。
「咲先輩、こっちもオールハードに移ってもいいですよね?」
「せやね。泳ぐときのバランスを重視させてな」
「はい。あと、咲先輩。向こうは見なくていいんですか?」
「向こうって?」
「稲葉さんとか原田さんとか……」
「うん。愛那がおるからね。愛那も何気にマネージャーを1年間やってくれてるわけやし、ギータや直哉と遊菜の癖くらいわかってるやろうし。あとは、あの子、バッタ専門にしてたし、沙良ちゃんのバッタも見られるから、沙良ちゃんのフォームを矯正できるええ機会やろうから、愛那に任せてる。なにより、うちの言うことは聞いてくれへんしな」
「あっ、そうや。そのことで、ちょっと沙良がぼやいてたのを思い出したんですけど、咲先輩。今の時期ってフォーム固めって意識でいいんですよね?」
「もちろんそうやで。というか、うちらの速さの秘訣は、抵抗のないフォームやしな。たしかに、スピードアップメニューもやるけど、割合的にはフォーム固めの方が高いかな」
「そのことで、稲葉さんは『咲先輩はうちを近畿に進ませる気はないんやろうか』って話とって」
なるほどねぇ~。そういう敵対意識を持っているのね。で、私がスピードメニューを入れる割合が少ないから、不信感を持たれているのね。
「わかった。優ちゃん、ちょっとひとりで見てて。ちょっと直哉のところ行ってくる」
それだけ言って、愛那のもとへ。
「愛那、今どこ?」
「お~、見に来てくれたんや。えっとな、クォーターのオールハードが終わって、次に行こうかなってところ」
「ほんならさ、ワンエイトツーセットワンS1で入れて。で、2レーンのギータと沙良ちゃんの順番入れ替えて。たぶん、前半は沙良ちゃんが追いつくやろうけど、後半になるにつれてギータの方が前に出るやろうから」
「まぁ、ワンエイトツーセットワンS1のオールハードやもんね。了解。オッケー。次……」
その様子を見ていると、メニューを聞いた沙良ちゃんは目を輝かせているけど、少し不満げ。まぁ、前を泳いでいたのに、後ろを泳いでって言われるとね。前で全力を出して泳いでいたのに、後ろで前の抵抗を受けながら泳ぐのはあまり気持ちいいことじゃない気もする。それは私もわかっている。
だけど、ここはちょっとお灸をすえるわけじゃないけど、現実を見てもらおうと思ったからでもある。
「ほんなら上から行きまーす」
愛那が高らかに声を上げる。
そういえば、愛那も去年の9月から選手復帰したけど、故障の関係で、まだ寒い時期は抑えているけど、いつから本格的に選手復帰するんだろうか?あとで聞いてみるか。
とりあえず、沙良ちゃんのフォームだな。




