Episode 193 和気あいあいと進んでいくプール掃除
「おう、伊藤か。おはようさん。あっ、せや。音楽室のカギやな。原田が来たときに使いたいって話やったから、もう抑えとんで。でも、まだ早いんとちゃうか?」
「直哉が、つけんでええけど、すぐに使えるようにしたいからストーブだけでも出しといてって言うんで」
「なんや、そないなことか。ええわ。それは俺がやっとくからプールに上がってみんなでワイワイしてこいや」
そんなことんなで職員室から追い出されるように出てきた私。先生には悪いな。なんて思いながらも、降りてきた階段をまた上って引き返す。
「あれ?もうやってきたんか?早ない?」
「先生がやってくれるって。で、そっちはどう?順調?」
「かなりな。人数がめっちゃ多いから助かってるわ。思ったより早く進んでるくらい。ただ、あれやな。俺や大神、福森より橋本先生の方がやる気あんで。男バスに交じって一番働くんやから」
直哉が見る方に目を向けると、確かに人一倍、いや、二倍の声を出して、直哉より指示を出しながらきびきびと動く橋本先生。
まだ若いからと言うのはあると思うけど、男バスの生徒より元気なのは面白い。
「遊菜に遊ばれる対象になりそうやね。もしあれば、やけど」
「もうすでに大神も狙ってるって。しかも、体育の担当教官やろ?暴れへんわけがないやん。まぁ、先生も楽しんでるみたいやし、かまへんやろ」
それは私も同感かな。遊菜に釣られて愛那も暴れだすんじゃないかとさえ思っている。
それで被害を受けるのは、香奈ちゃんだったり、ほかの部員だったり、バスケ部だったり。そんなことを思ってしまうと、少しヒヤヒヤしてくる。お願いだから怪我だけはさせないでよね……。
そんなことを思っていると、プールの中の水がだいぶ抜けてきた。
「そろそろ行けるな。水泳部男子!先に名に入れ~。あと、大神と福森も遊ばへんって誓えるんやったら先に入ってええぞ~」
そう言うと、いい反応を見せるのが言わずもがなこの2人よね。
「よっしゃ!愛那っち!先入るで!」
「オーライ!」
ほんと、いつ見ても元気な2人よね。まぁ、そこがいいところだったりしてね。
「よっし~(吉田海人)!今年は一番に転けんなよ~」
直哉は直哉でちょっかいを掛けるみたいに言うしさ。ほんと、なにをしているんだか。
そんなよっしーは、慎重にプールの中に降りる。
というのも、去年、ほぼ初心者なよっしーは、地上と同じようにある程度水の抜けたプールの中を走ったら、足を取られて、一番に転び、藻だらけの泥だらけになっていた。
もしかしたら、今年こそはそうならないようにってところはあるかもね。
なんて思いながら、今度はプールサイドに視線を移す。
今年も青々と育った藻たち。比較的遅い時期まで泳いでいたこともあってか、去年よりはまだマシなものの、それでも、しっかりとこびりついている。
それを先に入った男子がデッキブラシですり取っていく。
そして、ある程度のところまで行くと、直哉は満足そうにうなずく。
「よし、バスケ部のほうもええ感じにやってくれたし、あとはメインディッシュだけやな。 よっしゃ!水泳部は中に降りて、壁にやっていって。バスケ部の皆さんも一緒にお願いします。あっと、まだまだ滑りやすいんで、滑って怪我せんようにだけお願いします」
すっかりと、リーダーとして堂々としている直哉。こんな姿を見るのは久しぶりかも。
「直哉も入るん?」
「まぁ、上で見てるだけでもおもんないしな。周り見ながらやろうかって思ってる。……あっ、やってもうた。完全に忘れてた。ギータ!よっしー!わりぃ、1階の職員室から高圧洗浄機と延長コード持って来てくれへん?完全に忘れてたわ」
少し呟いたように言ってからギータとよっしーに指示を出す直哉。どうやら、借りている高圧洗浄機を持ってくるのを忘れたようだ。
「オーライ。どこにあるん?」
「長ちゃんの机の後ろ。たぶん、水泳部って張り紙してるからすぐにわかると思うわ」
「ライ~」
ギータと直哉はそれだけ会話を交わすと、ギータはプールサイドから上がり、高圧洗浄機を取りに、直哉は逆にデッキブラシを受けとってプールの中に。そして、私もよっしーと入れ替わってプールに入る。
さすがにまだまだ春先と言うこともあり、足を入れると、冷たい感触がまとわりつく。
確かに、直哉の言う通りで、エアコンだけじゃ、冷えた体は暖かくならないな。みんなでストーブを囲むのがいいのかも。そんなことを思ってしまった。
ここからしばらく、和気あいあいとまたみんな真剣に掃除を頬張る。
おしゃべりでお調子者の愛那と遊菜でさえも黙った真剣にやっているほど。まぁ、たぶん、だけど、このあとの自由時間をたくさん取りたいからだろう。まぁ、2人らしいっちゃ2人らしいけど。
「原田~、戻ったで。ほんでどうする?これ。っちゅうか、3台もあるとか聞いてへんぞ」
「あぁ?あぁ、わりぃ。言うの忘れとったわ。サンキューな。ほんなら、また中の続き頼んでもええか?」
「オーライ」
「で、美咲。悪いんやけど、大野さんと松山さんの3人で壁を流してくれへんか?あっと、ギータは入る前に、目の前の棒が排水バルブになってて、ブラッシングする関係で閉じてたから、全開にしてくれへんか?」
「ライ―」
今年の直哉は昨日までの直哉と違って、あれよこれよと、指示を出していく。冬の間は絶対になかったのに。というか、冬の間は、全部私が指示していたのになぁ。まっ、いっか。とりあえず、高圧洗浄機を下ろして掃除していこうっと。
またここから黙々と作業と進めて、気が付けば、きれいになったところを重ねて水を掛ける状態になっていた。




