Episode 18 個人レースの始まり
最初の種目は女子の2個メから。ここには、扇商から誰も出ないから私は少しばかり休憩タイム。この休憩タイムが終われば、怒涛の扇原ラッシュが続くから、少しでも余裕を持っていないと、息が詰まりそう。
とはいうものの、たいていは組が割れているから、あわてる必要はないんだけど、朝のうちの1バックだけは最終組で2人かぶっているから、そこだけあわただしくなりそう。
まぁ、そんなことは置いといて、ちょっとだけゆっくりしようっと。
10分弱の休憩が終わると、いよいよ男子の2個メ。ここにはさっき登場した鮎川さんが20分のインターバルを開けて登場する。
そんな鮎川さん。ここから招集場所が見えるんだけど、そこまで緊張はしていないみたいで、バッタに出る成東さんと笑顔で話している様子も見える。まぁ、大丈夫だろうな。と思いながら、レースに目を戻すと、すでにバックを泳ぎ終わってブレを泳ぎ始めている選手もいた。
そろそろだな。と思い、私も観客気分からマネージャー気分に切り替える。
ということで、手元のスプリットブックもあとはタイムを書き込むだけやし、ストップウォッチもオールゼロになっている。あとはレースを待つだけだな。と思いながら、ラストのフリーを見ていた。
最後のフリーはみんな、最後の力を振り絞るかのように全力を出しているように見えた。まぁ、ここでセーブする理由なんて皆無だもんね。
誰がどこを泳いでいるのかはわからないけど、やっぱり、個メって、個人差が1番出るよね。
バッタには強いけど、ブレに弱い。バックには強いけど、バッタには弱い。みたいなね。
正直、人それぞれだから何とも言えないのよね。
そして、鮎川さん。たぶん、最初のバッタは全力だろうな。そのあとのバックで粘り、ブレで流した後、フリーで勝負。ってところかな。なんとなくそんな気がしている。
『同じく2組の競技を行います』
その声で、パンパンと体をたたく音が響く。もちろん、攣らないようにするためだ。人によっては、心拍数を上げるためだとか、緊張を解くためだとか、神頼みだとかいう人もいるけど、私は、心拍数を上げるためというのと、攣らないようにという両方だと思っている。
私は、基本的に、胸の上あたり腕と脚とを中心にやっていたかな。
稀にこぶしで胸を強くたたく人がいるけど、あれは、怖くてできないよね。
そんな派手な音が鳴り響く中、出発合図員の鋭い笛の音が鳴り響く。
すると、選手たちは、体を叩きながらも、スタート台に乗りだす。そして、次第に体を叩く音は小さくなり、審判長の「テイクユアーマークス」が聞こえると、完全に静寂になる。
そのすぐあと、出発合図員が号砲をならし、一斉スタート。
やっぱり、滑ることを警戒したのか、スタートはかなり慎重だった。
だけど、泳ぎに関しては、持ち味の力強さをしっかり見せつけている。ただ、バッタで飛ばす選手ばかりで、鮎川さんが前に出て、レースを引っ張るということはなかった。
だけど、鮎川さんは遅れることなく、ついていっているのは大きい。バッタで遅れ出したら、もう、どうにもならないだろう。
とりあえず、バッタは飛ばせるだけ飛ばしたみたいで、5着33秒でバックに移った。
バッタを全力で泳いだあとのバックのバサロは、まぁキツい。すぐに息をしたくなるから、浮き上がりも早い。
私は、バッタを流して、バックで巻き返して、ブレで少し休憩して、最後のフリーで逆転を仕掛けるタイプだったから、あまり経験はないけど、中学のとき、オールダッシュメニューで最後の方、キツくてバサロが打てずに、すぐ浮上する。っていうのが何度かあった。懐かしい記憶だ。
話を戻して……。鮎川さんは、早々に浮き上がって来たあとは、なんとか粘りながらレースを進める。
そしてひとつ気づいた。前に指摘したところが直ってる。
前に指摘したのは、バッタの勢いをそのままにしようと、勢いで腕を回すところ。
どこからどこを切り取っても、力が入りまくりで、入水のときも水面を叩きつけるように入水していた。
そこで少しタメができるなら、それでもいいかなと思ったけど、そんなことはなく、入水後、タメもなく、次の動作に入っていたから、入水後のタメを作るようにと言って、しばらくの間、S1がバックの部長と練習してもらっていた。
その成果がしっかりと出ているのかな。と一安心。
それも相まってか、最初の100メートルを1分16秒で折り返した。そして、苦手なブレはさすがに47秒以内でクリアしたい。それなら、フリーに最後の望みをかけられる。
ただ、苦手なものは苦手で仕方がない。それでも、バックも克服したんだから、なんとか頑張ってほしい。
ただ、やっぱり、息が相当上がっているせいか、一掻き一蹴りのタイミングが早い。もう少し搔いた推進力を活かしてほしいなと思ったけど、まぁ、仕方ない。
ストロークピッチは今までに比べてかなりゆっくり。大きく泳いでいるようなイメージ。
ここまで大きいのは、たぶん、ブレスを確保したいからだろう。それは私も一緒だったしな。そこは仕方ないかな。
その大きなストロークのブレを泳ぎ切ったタイミングでのタイミングは2分08秒。リミットは2分40秒ジャストだから、猶予は32秒弱。飛ばしきる気力が残っていて、腕と足に乳酸が溜まっていなかったらいいんだけど……。
ちょっと祈るような気持ちでラスト50メートルを観戦。
ラストということもわかっているはず。それは、力強いキックが物語っている。
ラストは、なんとかというような感じで、フィニッシュ。
手元のストップウォッチでは、トータル2分40秒55と、ほんのわずかにタイムオーバー。ただ、私の手元のストップウォッチは、公式なものではないから、何とも言えない。
とりあえず、沙雪先輩に速報タイムを送って、公式記録はあとで確認してもらうように伝えようっと。




