Episode 188 Naoya side レース
ようやくここまで来たって感覚が強いかもしれんな。
正直、ビビってるの半分、楽しみなんが半分。
美咲には、なんてことないって啖呵きったけど、緊張してるのも事実やし、ビビってんのも事実。
まさか、公式として取られるインターハイのタイムでエントリーされるとは思ってへんかったから、そのタイムよりどんだけ遅れるんやろう。って思ってるところもある。
なにより、名前を聞いたこともあるトップ選手が何人もいるから、俺が委縮しているところはある。
もちろん、こんなところで話しかけられるメンタルを持っているわけもなく、誰にも話しかけず、話しかけられずの状態で、時間だけが進んでいく。
俺としては、そっちのほうが普段は集中できるんやけど、今回に関しては、誰か知り合いに話しかけられた方がありがたいって感じ。やけどそんなメンツがおるわけもなく、ビビり散らかしている状態。
これがどうなるかってところ。
ずっとビビった状態で、自分のレースを待っていたけど、ようやく自分のレースが回ってくる。
これで自分の実力が発揮できたら完璧やねんけどな。なんて思いながら、静かに自分が泳ぐレーンの前に到着。
いつものルーティンをこなしながら、ゆっくりとレーシングウェア状態になり、椅子にドカッと座る。
さすがに、まだ前のレースが終わり切っていないから、ほんの少し待ち時間があるけど、それでも、集中力を切らずに、自分の泳ぐコースの先を見つめる。
こうやって自分のルーティンをこなすだけで少し落ち着く。
正直、このままルーティンに縛られるのもどうかと思ったりするけど、そうせな、調子が来るのも事実やしな。
なんて軽く考えながら、じっと自分の泳ぐコースのターン側を見つめていると、場内アナウンスで『同じく予選4組の競技を行います』と冷たい声が響いた。
この声も久しぶりやな。なんて思いつつ、少し騒がしい場内の声を少しずつシャットアウトしていって、審判長が吹く笛の音に集中していく。
集中するのに、これだけ気を遣うのも久しぶりやな。なんて思ったりもするけど、ここからはいつもどおりを意識して、ふぅーっとひと息吐く。
正直言って、緊張してきてるのもわかる。やけど、そんなことも言ってられへんくらい時間がないのもわかってる。っこうなったら、覚悟を決めていくしかないのもわかってるわけやし、腹くくるしかない。
そんなことを思っている間に、短い笛が鳴り響き、もう一度深く息を吐いて、自分に「行ける」と言い聞かせ、椅子から立ち上がる。そして、
そして、長い笛が鳴ったタイミングで、スルスルとスタート台に近寄り、ささっと登り、いつもの構えを取る。
さすがに、予選って言うこともあるんか、マナー違反の声は少ないように感じる。それでも、いつものように周りの音をシャットアウトしていき、出発合図員の声に耳を集中させる。
「よーい」
その一声で、左の太ももに乗せていた腕を前に持ってきて、指先をスタート台の縁に掛ける。そこから勢いをつけるために身体を弓のように引くということはせずに、そのままの姿勢を保つ。
そこから少しの溜めがあったあとに、スタートの合図が鳴る。
その瞬間を待ってましたと言わんばかりに飛び出しを図って、前に出ようとする。
俺の中では、何も変わらんように、思い切り飛び出し、入水を決めていく。
……たぶん、感覚は完璧。ちょっと緊張しているところもあって、感覚が微妙にわからん。やけど、問題はないと思う。
それさえ確認できれば、ストリームラインを一瞬だけとって、身体のバランスを安定させ、美咲直伝のドルフィンキックを打って行く。
そこからゆっくりと、15メートルラインまでに浮き上がりを完成させ、浮き上がったと自分が思ったタイミングで右腕から回し始め、水を掻く重さを瞬時に確認。その重さがちょうどよく、リカバリーするときの腕も水の抵抗がないことを確認した後は、テンポよく、腕を回し、キックを打ちこみ、前へ、前へ進んでいく。
横を見てる余裕はないから、何とも言われへんところはあるけど、たぶん、横一線でレースは進んでる気がする。俺が身体半分とかひとつとか離されて遅れてるとかはないと思う。
正直なことを言うと、周りが泡だらけでそれくらいの感覚しかない。でも、その泡が逆に俺が老いていかれてへんって言う安心感を与えてるような気もする。これだけでまったくちゃうからな。心持ちが。
そこからは、なんとか置いて行かれへんように粘りながら、ファーストハーフのターン。
慌てたとかは一切ないけど、浮き上がりのタイミングが悪かったんか、掻くときの腕が少しから回ったんかわからんけど、ターンの距離があわんくて、窮屈なターンになった。
アップのときから注意せなあかんところやとは思ってたけど、思わず、心の中で、やってもうた。と叫んでもうたよな。
やけど、ここから立て直しを図って、ラストハーフに向かう。
もちろん、ここもしっかりと落ち着いて、ストリームラインをとり、身体のバランスを落ち着かせた後に、思い切りドルフィンキックを打つ。
ここからはもう恨みっこなし。ラストまで思い切り突っ込んでいく。
そう思いながら、ひとつずつ自分の動作を確認しながら泳いでいき、あっという間の50メートル。ただ、ラストまで気を抜かずにタッチまでしっかり。
そんなことを思いながら、ダン!と叩きつけるようにタッチ板にタッチしてスタートバーにぶら下がる。




