Episode 185 緊張する公式ウォーミングアップ
関係者入り口で受付を済ませると、私も直哉も長浦先生とは別れて更衣室に向けて一直線。
さすがに、私服のまま場内に入る勇気はないし、少しでも扇商水泳部っていうのを隠そうかなって思ったくらいだしね。一番は、スーパーマネージャーっていう異名をばれるのを避けたいって言うのが本音なんだけどね。
それでも、誰にもバレなかったらいいわけで、レースに、アップに場内にいる選手たちは集中しているだろうから、私には気づくことはないだろう。
願わくば、スーパーマネージャーの話題を忘れていてほしいものなんだけど……。たぶん、そんな願いはかなわないんだろうけど。
そんなことを思いながら、部活用のTシャツに着替えて、意気揚々とプール会場に足を踏み入れる。
さすがに、こんな雰囲気の中でレースをするとなれば、私は卒倒すること間違いないだろう。
正直なことを言うと、今でさえ、心はぶるぶると震えている。緊張しているのが丸わかり。自分でもそれはわかっているくらい。
たぶん、私にあの経験がなく、直哉みたいな選手だったとしても、ガチガチに緊張して、うまくパフォーマンスはできないだろう。そんな気がしている。
そんなことを知ってか知らずか、直哉は、いつも通り、水色の練習用ウェアにピンクのきゃっぷすがたで更衣室から出てくると、私の姿を見つけるなり、「楽しんでこうぜ」とだけ天井を見ながら声をかけてきた。
こいつはこいつでいつも通りを装っているな。っていうのはすぐにわかった。
無理に平常心を保とうとしているときは、変に天井を見つめながらしゃべる癖があるから。
さすがに、それをわかっているからって言うのもあるけど、なんだか、少し笑えてしまった。直哉には気づかれていないみたいだけどね。
「とりあえず、アップでワンフォーエンドレスな。とりあえず、感覚だけ慣らしてきぃや」
「オーライ。とりあえずワンフォーな」
直哉はそういうと、一番空いているコースに入り、そのままひとつずつ確認するようにゆっくりと泳ぎだす。
さすがに、今までずっと直哉の近くでフォームをみていて、周りに比べてきれいだな。って大会のたびに思っていた。
それがここにきて、もしかしてそうじゃないのか?って思ってしまう。
さすがに、このレベルになると、これが当たり前になってくるのか。
ただ、直哉のフォームに関しては、スプリント向けではなくロング向けだから、これでダッシュをすると好奇の目で見られるかもしれない。
それでも、ゆっくりとアップしている姿はどこを向いても一緒。幸いなのは、直哉が奇抜な恰好をしているからって言うだけ。
「やべ~。周りの圧力半端ねぇわ。インターハイでも感じたことのないレベルやで、これ。食われんと行けるか、これ」
まだ軽く身体を動かす程度の1本目なのにもかかわらず、直哉が珍しく首を横に振った。
「場所柄もあるんちゃう?こんなところで泳ぐのも初めてやし、周りがトップ選手ばっかりって言うのもあるやろうし。今は気にせんと、身体を動かすことだけ考えや。女子のレース終わったらすぐやで」
「せやな。うだうだ言うててもしゃあないもんな。とりあえず、もうちょっと身体動かしてくるわ」
ちょっと諦めたような声を出した直哉は、また壁を蹴ると、ゆっくりと泳ぎだす。
正直、この冬は、いつも通りフォームチェックを優先してきたから、パワー不足は否めないと思うけど、フォームが崩れていないのはさすがかなって。
そこから、100メートルを3本、ゆっくりと泳いできて、私にメニューの指示を仰いできた。
私もその期待に応えたりして、キックやプルのメニューを伝え、それをまた泳ぎこなしたあと、普通に泳がせて、フォームに違和感がないか見る。
ここも、いつもと変わらない私の流れ。ここでフォームに乱れがあると、徹底的に矯正させることがあるから、意外とアップが進まない時があるんだよね。
ただ、今回はそう言ったこともなさそう。
喋っている感じ、緊張しているとはいえ、自分がやりたいこと、やらないといけないことはわかっているみたいで、自分でいろんなところを確認していた。
そして、いつもの流れでアップが進んでいったあと、「スタートだけ確認するか」
とだけ言って、直哉をプールサイドに上げた。
「ワンウェイを何回か飛ぶつもりやから」
「オーライ。まぁ、そこも不安やから、ありがたいわ」
そんなことを言いながらペタペタと決められている0レーンのターン側に向かう。




