Episode 183 直哉のわがまま
「あんた、嘘やろ?冗談は大概にしときや」
冬の部活は本当にマネージャーの私としては寒くて、使い捨てカイロが手放せない季節。
こんなに寒いとは思っていなくて、ほかの部員に交じって身体を動かしたいって衝動に駆られている。
そんな部活が終わったある日。直哉からとんでもない相談を持ち掛けられ、驚愕したのは記憶に新しい。
「あんた、シーズンオフになってから、ほとんどフォームチェックくらいしかできてへんやろ?それやおに、出るって言うん?」
「この冬でどれだけ落ちたかってのをしっかり感じとかんと、危機感が無くなるって思ってな。やから、別に、決勝を狙ってるとか、高校記録を狙ってるとかはないんよ。そんな長い距離はでぇへんつもりやし、楽しそうやからやってみたいってだけやねん。あかんやろうか?」
そう言ってくる直哉は小学生がダメって言われてるお菓子かゲームが欲しいって駄々をこねてるような感じ。
正直なとこを言うと、そんな無理に出て、テンション爆下がりして、部活とか勉強に影響がないのかってところ。正直、私としては、まったく水中での練習ができていないから、あまりよく思っていない。
まぁ、楽しそうっていう理由だけで出る直哉も直哉やな。なんて思ったりもするけど、まぁ、少しばかりはわがままに付き合ってもいいのかなって思ってしまった。
ずっと陸上トレーニングばっかりで、基礎体力とかを高めているところで、ほとんど泳げていないんだから。
「わかったわ。とりあえず、私はええって言うけど、長浦先生に掛け合って、レースの申請してな。うちは練習に付き合うだけで、事務的なことに関してはノータッチにするから」
「よっしゃ、サンキュー。せっかかうインターハイで優勝したんや。制限記録も割れてるし、この冬だけでどんだけ落ちてんのかって確認したかったんよ。ちゃんと公式レースで」
「そんな理由だけで、日本選手権にエントリーしようとするあんたの心意気がわからんけどな」
本当に、それは思ったよね。そんなことを思いながらも、陸上トレーニングをしながら、週に4回プールで入念な調整をしつつ、たまにダッシュメニューを含めたりして、調整させながら、直哉が日本選手権に出たいと言ってからあっという間に3カ月が経った。
日本選手権は、私の憧れでもある東京辰巳国際水泳場で行われる。
そんな直哉は何も気にすることなく、大会日程の前日に東京入り。まさか、私も直哉のレースのために駆り出されるとは思っていなかったけど、ここに来たからには、しっかりとマネジメントするしかないかなって思っている。
まぁ、そのあたりは、スーパーマネージャーの異名をはっきりと見せつけようかな。なんて思っている。
その直哉。出る種目については、十八番になりつつある1フリの1種目のみ。それ以外にも直哉は、もうひとつの十八番でもある半フリにも出ようとしたみたいだけど、関しては、新年度の学校生活が始まること、早速高級を使ってクラスになじめないことはさすがにって言う事もあって、さすがに長浦先生に止められていた。
正直、私も、無理に半フリに出なくていいんじゃないかって思ったけど、直哉曰く、1フリを泳ぐ前に、会場の雰囲気を確かめたかったっていうのがあったらしい。
別に、今回のこの大会は、お試しで出るだけなんだから、そこまでしなくていいだろう。なんて思ってしまったけど、1フリに集中したかったみたいで、長浦先生にかなり長い時間をかけて説得させられていた。
そのせいで、部活に遅刻してきたのは、少しびっくりしたけど、それも、全力で競泳を楽しもうとしているこいつらしさなのかな。なんて思ってしまったよね。
「とうとうこの時が来たって感じやな」
「ほんま、無茶するよな、あんたも。国体に出ぇへんかった代わりかと思ったけど、そういうわけやないんよな?」
「どうやろうな。でも、新年度一発目のレースとしてゲン担ぎしたいってのもあるけどな。それがひとつのラインになるやろうし、シーズンオフ明けの俺の今おる位置がわかるからな。たったそれだけや」
そんなことを言いながら、淡々と部活でのメニューを終わらせ、一度家に帰る。
今から直哉とともに東京へ出向き、現地で長浦先生と合流し、明日のレースに備える。そんな感じかな。
さすがに、明日の朝イチで乗り込んでレースするのは現実的じゃないって言うのはわかっているけど、遊菜に日本選手権に行ってくる。なんて言ってないから、部活をやってから東京に行くことになった。
「あんた、遊菜に言わんでよかったん?遊菜に言うたら、応援くらい来てくれるんちゃうん?」
「そこまでいらんわ。それに、これは勝手に俺が言い出したことやしな。予選落ちするのがわかってるうえで、無様な姿は見せたくないし、あいつも自分の実力はわかってるはずやから、変に調子崩されたら困るかなって思ってな」
「一応配慮したつもりなんだね?まぁ、遊菜に関しては、その心配はなさそうだけど」
「どうなるのかわからんからなんも言わんかったんやん。とりあえず、東京向かうぞ」
直哉がそういうと、私は「はいはい」とだけ返し、スーツケースをゴロゴロ引っ張り、直哉の後ろをついて行く。
そして、新大阪の駅から新幹線で2時間半。学校で授業をしっかりと受け、部活もしてきた私たちは新幹線の中ではぐっすり寝ていたよね。
まぁ、もtろん、東京が目的地だから、寝過ごすわけもなく、そこからちゃんと目が開いたまま、1泊お世話になるホテルに入る。
さすがに、ここでは直哉も気を利かせてくれたのか、私と別々の部屋で泊まることにしてくれている。
まぁ、シングルベッドだから仕方ないんだろうけど。
「ほんなら、とりあえず、明日は7時にロビーでええねんね?」
「あぁ、それで頼むわ。早いけど頼むな」
それだけ言うと、別々の部屋に入り、それぞれ、夜の時間を過ごすことになる。




