Episode 180 Yuna side うちの考えは変わらんな。
正直、この感覚、あんまり好きやないんよな。でも、やるしかないのもその通りで、すでにスタートの構えを取っている。
さすがに、センターラインはなぁ。なんて思って少し予選では手を抜こうかな。なんて思ったりもしたけど、スプリントのレースでそれは命取りになるかもと思って、手を抜くことはなかった。というか、手を抜くと言う事をお知らなかった。
まぁ、その結果、後続とは3秒くらい差が開いて、堂々のトップ通過をしていたみたいやけど、なんていうか、インターハイのときも、決勝はセンターレーンで泳いだけど、そのときは、自分の全力を尽くすことしか考えていなかった。やから、あんまり気にしてへんかってんけど、今回に関しては、予選でかなりの差があったことで、心に余裕ができていて、変なことばっかり考えてる。
今は、周りがでかすぎて、うちがちっちゃく見えるからセンターれーえんから外れたいって思ってるくらい。
あと、正直、センターレーンにおるんやったら、このレースを引っ張らなあかんって言う感覚に陥ってるって言うのも事実。その感覚が嫌で、わざとセンターレーから外れるようなことをしたかった。
さすがに、今までこれほど手を抜いてもいいようなレースをしたことがなかったから、感覚が全狂いしていて、こういう結果になった。
そんなことを思っているけど、さすがに「よーい」の声が聞こえた瞬間、気持ちを切り替え、スタートの合図に耳を集中させる。
そして、スタートの合図が鳴った瞬間、うちの持てる瞬発力と集中力を存分に使って、思い切り飛び出す。
前にこの会場であった市立大会のときは、まったく予選のときから気が入らんくて、めちゃビビったけど、さすがに、今回は、インターハイの時に比べたら気が入らへんのはその通りやねんけど、市立大会の時に比べたら、やる気はちゃう。
市立大会のときは、正直、市立高校の中で強豪もいれば、弱小もいて、出場人数が少なく、差が開きすぎて気が入らへんかった。その時に比べたら、さすがに府内の学校がほとんど出てきてるから、差の開きも小さくて、気を引き締めんとえらいことになるのは目に見えてる。
そのおかげって言うのもあるんかなって思ったり。
思い切り飛び出すうちは、いつものように感覚コンマ6秒の勢いで飛び出すイメージで飛び出していって入水。
水中で暴れそうな姿勢を整えた後、咲ちゃん直伝のドルフィンキックを思い切り打ち込み、思い切り加速を促す。
ここまで来てしまったら、スタート前に考えてたことを全部振り切って、周りを気にせずに自分のレースをしようと視界を狭め、浮き上がりを合わせ、腕を回し始める。
さすがに、決勝になると、周りも予選とは違って、最初から全力で来ているのか、少しだけ後ろからの圧力を感じる。
ただ、これっぽっちの圧力に焦ることはないかな。インターハイの時に感じた圧力がまだ頭のどこかに残っていて、今のこの圧力は薄く感じる。
そして、あっという間にファーストハーフが終わろうとする。
ラスト2メートルのT字ラインでブレスを挟み、いつものようにブレスをしたワンストロークをした後、勢いをそのままにくるっと回る。
正直、感覚でしかないけど、26秒台で回れたような気がする。
何も考えてへんときのほうが調子がいいって言うことはわかってる。
調子が良ければ5秒台で回れるけど、ちょっと後ろのことを考えてもうたって感じ。
それがなければ5秒台で回れたんやろうな。なんて変なことを考えながら、ラストハーフに向かって行く。
ターンをした後、姿勢をきれいに整え、そこから強く細かくドルフィンキックを打って行く。
うちの感覚としては、後ろを突き放しに行くためのドルフィンキックやと思ってて、抵抗をなるべく受けないようにして、水面に浮きあがると同時にまた腕を回し始める。
まったく疲労はない。テンションも予選に比べて上がっていることもあり、予選の時にくらべて、自分の世界に入り込めているけど、やっぱり、インターハイの時に比べて、スピードが乗り切らないかも。と思っていて、なんとか無理やり突っ込もうとしている。
そして、ラスト数メートルまで来て、ハッとした。
もう少し楽しみたかったな。なんて思いながらも、ラスト5メートルのラインでブレスを挟んだ後、最後まで気を抜かずに突っ込む。
そして、肩で息をしているのもわかっているから、肺いっぱいに息を吸い込み、そのままスタートバーにぶら下がりながら、水中に顔を突っ込む。
たぶん、この間に、全員がフィニッシュしていることだろうとは思うけど、やっぱり、フィニッシュ後の自分のルーティンを崩したくないって言うのがあるかもしれない。
そこからだいたい10秒ほど潜ったまま息を止め、苦しくなったところで水上に顔を出し、「ふぅ」と深呼吸する。
ここまで来ると、ようやく一息つけるかな。なんて思ったりする。
ほんでから、案の定やねんけど、度入りのゴーグルをしていても、うちのタイムとうちの順位を確認できてへんし、やくいんのひとに聞いてからいろいろ身支度するか。
そんなことを思いながら、もう一度プールの底に沈んでから勢いをつけて、もう一度、スタートバーに捕まったあと、コースロープに足を乗せてから無理にプールサイドに上がる。
「すいません。ちょっと目が悪くて見えてないんですけど、タイムと順位を教えてもらってもええですか?」
「あっ?えっと、56秒10で優勝だよ」
ベストからは少し遅れたか。それでも、今シーズン最終戦でいいタイムを残せたな。そんなことを思いながら教えてくれた役員の人に「ありがとうございます」とだけお礼を言ってから自分の荷物を持って、客席の下でササッと身支度を整える。




