Episode 17 男子の初陣
このあとすぐに男子のレースが始まり、1組は、女子の借りを返すかのように将星高校がトップを最初から最後まで譲らずフィニッシュ。その後ろを海宮高校、男子校の服部高校と続いた。
そして、今度は扇商男子の出番。男子は去年より少しだけタイムを早くしてエントリーしたから、2組5レーンで登場。
すでに自分たちが泳ぐレーンの前に来ていた扇商男子は、鮎川さんと成東さんがすでに臨戦態勢。それを抑えるのが部長、直哉の顔は何1つ変わっていない。
ただ、部長が抑えているのは、サードスイマーの成東さん。鮎川さんはファーストスイマーだから、多少燃えていても、問題はほぼない。ただ、成東さんは、鮎川さんに触発されているようで、自分がすでにコース台に登ろうとするほど。
まぁ、仕方なくはないかな。1フリ単体で見れば、鮎川さんより成東さんのほうが速いんだから。
ただ、リレメンの組み方に当てはめると、普段なら、成東さんが先に来る。けど、今回は、鮎川さんがこのあとすぐにある2個メにエントリーしているから、ブレイク時間を少しでも作るために、鮎川さんと成東さんの順番を入れ替えて、事前にオーダーを提出している。
リレーの面倒なところはそこなのよね。事前のエントリーのほかに、レース当日の指定時間までにリレーのオーダーを出さないといけないというね。まぁ、リレーのエントリーはチームのエントリーという認識だから仕方ないっちゃ仕方ない。
とりあえず、今はレースの展望を見届けないと。
いつも通り笛が鳴って、スタート台に上がる鮎川さん。だけど、その足元はぎこちなくて、どこか滑りにくそうなところを選んで構えようとするけど、どこも見つからなかったのか、あきらめて、クラウチングスタートの構え。
「テイクユアーマークス」
と言われる前から、スタート台の淵に手をかけていて、微動だにしない。
もちろん、中には「テイクユアーマークス」と言っている途中から手を淵にかける選手もいるし、言われた後、号砲が鳴るまでの間、静止すれば問題ない。
ほんの少しの間があった後、号砲が鳴り、選手6人が飛び出していく。
やはり、男子は熾烈な争いが繰り広げられ、すごい量の水飛沫が上がる。もちろん、私は女子のレースが始まった瞬間からすでにずぶぬれだよ。というか、濡れていることを気にしていたらこんなことやっていられない。
最初のアップのときにはすでに諦めていたしね。
鮎川さんは、“超”がつくほどのスプリンターで、前半から飛ばしていく。ただ、後半にはガクッと落ちるから、あまり楽観視はできないかな。
まぁ、鮎川さんは、前半をセーブしても、後半はどうしても落ちるから、それなら、最初から全力で行け!と部長が伝えたらしい。
まぁ、それはそれでひとつの戦略だからいいとして、ただ、やっぱり、スプリンターが集うレースでは、鮎川さんの魅力は輝きを失うよね。ほぼ横1線の状態で最初のターン。12秒でファーストハーフを泳いだのはさすがだ。25メートルだけだと、遊菜と引けを取らない。課題はここからなんだけどね。
最初、飛ばし切った鮎川さんはここからズルズルと遅れてくる。
ちょっとばててきたかな。と思う頃には50メートルの折り返し。タイムは28秒22と、ここまでで見ると順調。ただ、更なる課題はここから。
また目に見えて、水しぶきが小さくなる。かなりばてている証拠だ。それほど、この人はスプリンター。それなのに、このあとの2個メに挑戦しようとは、どういうつもりなんだろうか……。
……あっ、そっか。枠がないのか。成東さんと直哉で半フリと1フリを占めてしまったから。それに、バッタもハーフレースがないから、必然的に最短レースが1バタになる。さらに、スプリンターの鮎川さんが2バタに挑戦するわけがない。だから2個メか。
なるほどね~。と1人で納得したところで、鮎川さんはラストクォーターに入っていた。
鮎川さんは、最後の力を振り絞るように、必死に泳ぐ。水飛沫もファーストクォーターと同じくらい。そして、最後のハーフラインに入る。
ここでたまにストロークピッチを変える選手がいるけど、ここで変えてしまうと、バトンタッチがうまくいかなくなることある。
鮎川さんもそっちの選手だったけど、本来なら、あとを泳ぐ直哉に「タイミングがとれへんからストロークピッチは変えんとってください」といったほど。
そこから鮎川さんは、いつでもストロークピッチを変えることなく、ここまで来た。
そして、最後の5メートルも泳ぎ切ると、部長にバトンタッチ。
部長は、男子にしては珍しいと思っているイーブン型の選手。びっくりしたのは、ファーストクォーターを15秒2で、ラストクォーターを15秒5で半フリを泳ぐという離れ業をして見せた。
これに関しては、私がファーストハーフを取り損ねたかな。と思ったくらいだった。
そんな部長も前半からしっかりと泳いでいくけど、イーブン型の癖がとれないのか、少し抑えめに見えて、3着でも貰ったバトンをそのまま抜かれまいと前へもっていく。けど、やっぱり、扇商のセカンドスイマー。周りより遅いこともあって、じわりじわりと後ろが追い付いて来る。
そうなれば、不利なのは扇商の選手たち。ただ、後ろには直哉も控えていることだし、多少抜かれたとしても大丈夫だろうと思っている。
そのまま部長は、最初の50を32秒で回り、後半に向かっていく。
ここでは大きなドラマは生まれず、順位を1つ落として成東さんにつなぐ。
成東さんも鮎川さん同様、“超”がつくほどのスプリンターで、泳ぐためのスタミナはほぼ皆無に近い。
たまに、成東さんと鮎川さんで張り合ってバッタの勝負をするけど、2人とも似たようなタイムをたたき出す。ちょっとマネージャー泣かせの2人。
その成東さんも、鮎川さんに負けじとしっかり飛ばして、ファーストクォーターをこちらも12秒で回り、セカンドハーフに。
成東さんも、このセカンドクォーターを14くらいで回れたら、もっと速くなるのになぁ。なんて思いながら、レースの展開を見守る。
さすがに、最初こそいい感じで飛ばして、前を追い抜くことができるかなぁと思っていたものの、やっぱり、後半になるにつれてズルズルと落ちていくタイム。一度は肩を並べたものの、肩を並べたまま直哉にバトンタッチしていく。
直哉も、遊菜と同じく、飛び込むと、豪快に泳ぎだし、ほぼ同時に飛び込んだ、隣の選手を浮き上がりまでにおいていく。その姿は圧巻そのもの。
その直哉、たった7掻きで25メートルに到達。わずか10秒。ラップタイムをとったとき、私のタイミングが早かったかな。と思ったけど、そうでもなかったみたいで、セカンドクォーターを12秒、ファーストハーフはたった23秒。たぶん、この男子のリレーの中では最速のタイムをたたき出しているんじゃないかと思っている。
そして、場内も、圧倒的なスピードで泳ぐ直哉に視線が注がれている。
たぶん、隣を泳いでいた男の子も、なんだこいつ。とか思っているんだろうな。なんて考えながらも、直哉が泳ぐ姿を見る。
直哉は、スプリンターの2人とは違って、ハーフで疲れることはない。なんなら、200を全力で行けと言っても、淡々とこなす。さすがに、スタートダッシュの恩恵がなくなって、多少タイムは落ちるものの、それでもなんとかスピードは保とうとしている。
そして、ぐいぐいと前を追いかけ、順位を1つでも上に持っていこうとする。
ただ、直哉はそんなことを一切考えていないはずだ。なんせ、あいつの性格やし。なんて、ちょっと失礼かもしれないけど、ぐいぐいと前を追いかける直哉を見ながら思った。
ラストに入っても、直哉の進撃は止まらない。最後まで全力で行ったものの、もう1つ上の順位には届かなかったけど、3着でフィニッシュ。直哉もラストハーフを31秒で泳ぎ、トータルタイムは54秒58と、私も見たことがないタイム。トータルも4分20秒というタイム。
直哉がいてこのタイムなら、いなかったらもっと遅いタイムになっていたということか。女子も同じことが言えるけど。
直哉がフィニッシュした後、部長は、計測係員からタイムを聞いたのだろうか、ものすごく驚いた顔をしていた。
あの顔を見る限り、今のようなタイムは初めてなんだろうな。まぁ、私も久々に見たよ、こんなタイム。
そして、レースは、もう1組リレーをやり切った後は、ここから個人レース。




