Episode 16 扇商の初陣
レースはあっという間で、終始、海宮高校のペースで進んでいく。ほぼ同タイムの選手を並べていて、トップでフィニッシュした。
そして、徐々に追い上げを見せたものの、3秒差の2位フィニッシュしたのは桃谷女学院。3位には将星高校が入った。
てっきり、桃谷女学院がトップで飛び込んでくるかなと思ったけど、その隣を泳いだ開催校の海宮高校がトップで飛び込んできた。
さすが体育科とか思いながら、もうひとつリレーを見送り、ようやく扇原商業水泳部の最初のレース。
『同じく3組の競技を行います』
「扇商!ゴーファイト!」
笛が鳴る前に一声大きく叫んでおく。ただ、近いし、泳ぐチームが3チームしかないから、余計に聞こえたみたいで、福浦先輩と川上先輩がこっちを見て手を振った。
そのすぐあとくらいに、笛が鳴り、ファーストスイマーの福浦先輩がコース台に登る。そして、腰に手を当てたまま1息ついて、軽く前傾姿勢を取る。
「テイクユアーマークス」
この声でようやくコース台の淵を持ち、スタートの構えをとって、しばらく静止していると、スタートの号砲が鳴って、それと同時に飛び出していった。
福浦先輩は、バッタの癖がこの1カ月ほどでついてしまったのだろうか、規定ギリギリのハーフラインまでドルフィンキックをして潜り、浮き上がりは最期だった。それでも、先頭に立っているのはさすが。
隣で泳ぐ選手が遅いのか、じわりじわりと突き放していく。ただ、福浦先輩は、扇商の女子の中では速いけど、外部から見ると、平凡なタイムで泳ぐ選手。折り返しのラップタイムは33秒21とベストタイムと言っていたタイムに近いタイム。調子がいいのは見てとれる。
さらには、バタフライで鍛えたスタミナのおかげか、後半になってもタイムを維持しようとしている。
ただ、最初に比べて加速できるものが少ない分、ちょっとだけ落ちたけど、それでもトータルタイムは、1分12秒44でセカンドスイマーの川上先輩にバトンタッチ。
川上先輩は、ロングの選手で、タイム自体はそこまで速くない。それでもここにいるわけは、リレーメンバーを編成するときに、記録会の半フリを速い順で並べたら川上先輩が4人目に入ったから。
まぁ、ほかのチームが速くなければ、追いつかれることはないだろうと思っている。
あっ、そうそう。ここで扇商のリレーオーダーの組み方について説明しておくね。
扇商のリレーの組み方は男女共通で、ファーストスイマーには、早い順に並べた4人の中で2番目に速い人を、セカンドスイマーには、1番遅い人を、サードスイマーには、2番目に遅い人を、アンカーには1番速い人を置いて組む。
ほかのチームだと、組むのが面倒だったり、“前半逃げ切り型”、もしくは、“後半追い上げ型”で、速いもの順ないし、遅いもの順っで簡単に組んだりするところもあるみたいだけど、ここは扇商。『緩く・楽しく』っをモットーのチームにそんなことは似合わない。
1番遅い人をセカンドスイマーに置く理由は、順位に関する責任を軽くしたいから。
扇商のリレーオーダーは、モットーに合わせた理由があって、1番遅い人をセカンドスイマーにおくのは、順位に関する責任を軽くしたいから。
扇商の考え方としては、ファーストスイマーでリードを奪い、セカンドスイマーで抜かれたとしても、サードスイマー、アンカーで少しでもいいところに行けばいいという考え。あと、全部の責任はアンカーにあるという風に考えているらしい。
で、もう1つ理由があって、後半追い上げ型を取ると、もし、ファーストスイマーで差を広げられる過ぎると、あとのメンバーがやる気をなくすし、逆に前半逃げ切り型を取ると、アンカーで最後に抜かれると、責任を感じることもあり得るからということで、この組み方は歴代続いているらしい。
ちょっとチンプンカンプンかもしれないけど、またどこかで説明できると気がくると信じて、今はレースに戻ろうか。
川上先輩は、飛び込むと、ロングの時と変わらないフォームで泳いでいく。
この川上先輩のフォームは、ロスこそ少ないから、初心者の吉田君にはマネをしてみてとは言うくらい、きれいなものなんだけど、パワーがない。パワーさえつければ、まだ伸びると思うんだけどなぁ。なんて思ったり。
そんな川上先輩。福浦先輩が作ったリードを何とかして守ろうと必死に泳ぐ。ただ、やっぱり、練習の大半をロングのメニューをやっていることもあり、前半から飛ばせていない。というより、飛ばしていない。たぶん、後半に持ってくるつもりだろう。
でも、川上先輩の持ち味は何といっても前半と同じタイムで泳ぐスタミナ。
どれだけ前半をセーブしているんだ廊下と思われるけど、後半の爆発力はいつ見てもすごい。
だってさ、4フリを泳いでいても、最初の100メートルより、最後の100メートルのほうが速いんだもん。普通なら起きにくいことだと思っている。
そんな川上先輩。前半を折り返して、ラスト50メートルに入った。
すると、前半とは違った泳ぎを見せ始める。
ロングの特徴の1つでもある2ビートのキックから6ビートのキックに変えて、さらには、少しピッチを上げたようにも感じる。
自由自在にピッチや泳ぎ方をかえることができる川上先輩。さすがだな。私だったら、ずっと4ビートで泳がないとミドルやロングは狂うのに。
川上先輩はラスト25メートルのターンをすると、最後は全速力。ブレスも6~8回ストロークして1回ブレスするように変わった。そしてそのままサードスイマーの成海先輩にバトンタッチ。
ちょっと差を詰められたような印象もある。まぁ、仕方ないかな。とりあえず、タイムは2分42秒だから、ちょうど1分半でお泳いだのか。
サードスイマーの成海先輩はブレ専門だけど、やっぱり、人数の少ないチームではエスワン関係なくフリーリレーに選ばれることが多い。
強豪校なら、フリーリレーはフリー専門の選手から、メドレーリレーは、それぞれの専門から選出することが多いんだけど、弱小校や、人数の少ないチームだとそうはいかない。
ただ、扇商の場合は、嫌々やるわけじゃないし、みんな楽しそうだからいっか。と思っちゃう。
そんななか、成海先輩はリズムに乗って泳いでいる。
本当に成海先輩はリズムにのせておよぐのがうまいよね。見ていてすごいなって思うくらい。
ただ、ちょっと怖いところではあるのよね。リズムに乗るのがうまいならなんとも言わないけど、何かを変えようとして、成海先輩のようにリズムに乗って泳いでみるって言うのは危険かなと思ってる。
でも、その成海先輩がリズムよく泳ぐところを見ると、調子はよさげ。このままいいタイムで遊菜につないでほしいかな。
そんなことを思いながら、成海先輩は、100メートルを泳ぎ切り、遊菜にバトンタッチ。
さすがの遊菜も、ここでのスタートは警戒したのか、かなり慎重になって、両足をそろえたスタンディングスタートで飛んで行った。
そんな慎重さを見せた遊菜だけど、泳ぎやスピードは豪快。
気づけば、後続が3秒差くらいまでに迫っていたけど、アンカーの遊菜がお構いなしにぐんぐんと突き放していく。
あっという間という言葉が本当にぴったりなくらい、遊菜はファーストクォーターを泳ぐ。
そこからの遊菜はもう、圧巻して、周りの視線をくぎ付けにしている。
……まぁ、そうよね。最終組で100メートルを1分ちょうどで泳ぐ選手が出てきているんだから。
結局、遊菜の豪快な泳ぎで、扇商は、5分13秒でフィニッシュ。まぁ、組の中では断トツ。後続とは20秒ほど差があったわけだし、地区大会にエントリーすると、こういうことになるのか。と思いながらも、遊菜の圧巻の泳ぎは見るものがあるな。と同時に思った。




