Episode 166 女子のメドレーリレー part2
サードスイマーの愛那は、まだ毛が空けと言うこともあり、たぶん、練習のときと同じなフォームでゆっくりと泳ぐだろうな。と思っていたけど、飛び込んだ時から、人が変わったかのように、腕のストロークは早く、キックも小刻みに打つ、パワー系のフォームで泳いでいく。
その姿を見て、これ、愛那だっけ?なんて思ったけど、だけど、自身の髪色に合わせた黄色いスイムキャップ。見間違えるはずがない。
愛那って、こんなフォームで泳げるんだ。と初めて知った時でもあった。
今までは、何と言うか、2バッタを泳ぐようなゆったりとしたフォームで泳いでいたから、普段からこうなんだろうな。なんて思っていたけど、実際は違ったみたい。
短距離なら、このフォームでも問題がないということなんだろうか?そこは、あとで本人に聞いてみないとわからない。
とりあえず、愛那の本気で泳ぐ姿は、初めて見るから、改善点はたくさんあるだろうな。
ただ、そんな姿を見せることはなかった。
ピッチが速く見えたものの、よく見れば、ゆっくり泳いでいた時と同じフォームでただピッチを速くしただけで、練習の時のフォームと今泳いでいるフォームは一緒だった。
もしかして、医者から本気で泳いでいい。みたいなゴーサインが出たのか?なんて思ったりもしたけど、それなら、ちゃんと私に言ってくれるはず。
だとしたら、なんでこんなことをしたんだろう……。わからない。
だけど、今まで以上にスピードが出ている。
さすがに愛那のパーソナルベストはわからないけど、八商大会で出したタイムより、かなり早いタイムを期待できるんじゃないか。そんなことを思ってしまう。
そんなことであっけにとられながら愛那のフォームを見ていると、あっという間に50mを泳ぎ切ってしまうようで、遊菜が大きく吠えている声がはっきりと聞こえる。
まぁ、遊菜が吼えるのは自分の前のスイマーがラスト25mが近づいてきたかな。って自身が判断したら発動するんだけど、その声は、しっかりと、最上段にいる私にまで聞こえている。
どんな声量をしているんだ。なんて毎度思ってしまう。
遊菜の声量は化け物に近いものがあると思っていて、全国大会の決勝。レース直前に、各校の応援の声で場内が騒がしい中、遊菜が「シャア!」と吠えた声は、しっかりと場内に響き渡り、あのときは、私もビックリしたくらい。
そんな遊菜がレースの続いていて、少し騒がしいくらいの場内で声を響かせるのは簡単なことのようで、はっきりと私のところまで声が届いている。
その声が聞こえているのかどうかわからないけど、ちょっとだけ愛那のストロークピッチが上がったように見えた。
……いや、たぶん、遊菜の声じゃない。遊菜の表情と行動だろう。
「愛那~!ラスト~!上げて上げて上げて~!もっと上げてこ~い!」
そういう遊菜は、手を何度もたたきながら、その合間に「来い!」と言いたげなジェスチャーをしている。
バッタはクロールと違って正面を向いて呼吸をするから、遊菜の鬼みたいな煽りが見えたのかもしれない。
私自身、その表情を見たことはないから、何とも言えないところがあるけど、正直、目の当たりにすると、迫力があるんだろうな。なんて思いながら、愛那のストロークピッチが上がった後の動きを見ていた。
思った以上に問題はないのか?ほんの少しだけスピードが上がったような気もするけど、最後までしっかりとペースを保ち切って、遊菜に繋いでいった。
ここからの扇商は圧巻のレースを見せる。
愛那がフィニッシュしたと同時に、思い切り飛び出していく遊菜。
その遊菜も、飛び出したと思えば、ドルフィンキックで一気に加速していき、浮き上がる前までにあっという間に5位へ順位を上げると、そこからさらに前を追いかけていく。
トップを泳ぐ選手とどれだけベストタイムの差があるのかわからないけど、目に見えて距離は縮まっていく。
その姿に、場内は少し引き始めているけど、私は、そうでもないかな。なんて思ったり。
これを見るのも何度か見ているからね。それに、遊菜のタイムはわかっているし、おそらくこのクラスでのレースだと、10秒くらいの差があるはず。もしかすると、それ以上にあるかもしれないけど、でも、これだけの差があるということは、距離差が一気に縮まる。
そんな遊菜は周りを気にせず、一気に50mを泳いでいく。
その途中に、何ごともないように、トップへ躍り出て、私たちを驚かす。
さすがの私も、6位からトップに躍り出るのは予想外。まぁ、これが扇商のリレーよね。
そんなことを考えながらも、タイムを確認した後、プログラムに書き込み、ちゃっかり動かしていたケータイのストップウォッチ機能のタイムを確認する。
香奈ちゃんも杏里ちゃんもリレーでのタイムながらもベストタイムを更新していた。
そして、愛那と遊菜だけど、遊菜に関しては、朝一のライブと言うこともあり、あまりタイムは振るわなかった。とはいえ、それでも27秒台で泳いだ。
そして、愛那のタイムは、38秒台と、なかなかのタイムを出していた。
あとは、みんな個人でどれだけのタイムを出せるかってところだな。




