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Episode 143 水の中でなるパニックが一番怖いです。

 っぷ!

 バックで優雅に泳いでいたのに、唐突に下から衝撃を覚えた。背中に痛みがある。

 もちろん、なにが起きたか全くわからないままで私はパニックに陥っている。

 いきなり衝撃を受けたこともあって、水の中で一気に息を吐きだしたこともあり、溺れそうになり、コースロープにぶらさがり、周りをキョロキョロして、何が起きたか把握しようとする。

 それでも、まだ周りは何もないようで、私もわけがわからない状態でさらにパニックに陥りそうになる。

 ただ、わけも分からないまま泳ぐのは怖いし、ちょっと泳ぐのはもうやめるか。

 そう思って私はターン側まで泳いだ後、そのまま上がり、周りを見渡す。

 そこでちょうど私の左側、飛込競技側のプールサイドでスイマーがマネージャーっぽい人に怒鳴られていた。


「なんで謝れへんの!?人にぶつかったんやろ!?それでケガさせたらどないするつもりなん!?あんたが責任とんの!?ほんまにええ加減にしぃや!」


 ……迫力が凄い。どちらかというと、こわもての体育教師なんじゃないかと思ってしまった。


「もしかして、あんたがぶつかったん?」


 思わず、聞き耳を立ててしまっていたのもあって、首を突っ込まなくてもよかったのに、首を突っ込んでしまった。


「えっと、ぶつかられた人でしょうか?」

「なにが起きたんかわからんかったんですけど、背中に何かぶつかった感覚はあります。で、詳しく話を聞かせてほしいんですけど?」

「すいません!このバカがレース前のアップやって言うのに、遊んどったみたいで。しかも、ぶつかったにも関わらず、怖なって逃げてしもうたみたいで……。ほら!あんたも謝らんかい!」


 肝っ玉母ちゃんって感じだな……。

 それでも、ぶつかったと思われる男子は小さな声で「すいませんでした」というだけで、頭を下げることはしなかった。

 それを見た肝っ玉母ちゃん(仮称)は、余計に激怒して、頭をスパンと叩いた。


「ほんまにええ加減しぃや!溺れさせたり、ケガさせたらどうするつもりやったん!?ほんま考えられへん!もうあんた、大会に出んでええ!帰れ!」


 その場にいてなんだけど、私も迫力にビビっている。

 ただ、それだけのことをしてしまったんだからしょうがないんじゃないかなって思うし、私としても、まだ謝ってもらったとも思っていないわけで、それでも、謝ってもらったとしても許すつもりは毛頭ない。


「顧問の先生を呼んでもらってもいいでしょうか?顧問の先生を交えて話をしましょう」


 つとめて私は冷静にしているつもりだけど、向こう側が相変わらずずっとカッカとしているせいで、それを止めようとオドオドしている私がいるのも事実。


「いえ、その必要はありません。もう、こいつの出るレースは棄権させるんで。ほんまにすいませんでした」


 それだけ言うと、肝っ玉母ちゃんは、選手の髪を引っ張りながらダイビングプールの縁を歩いて行った。

 私はその様子を呆然としながら見送るしかなかった。


「伊藤ちゃん?なんかあったんか?」


 声がする方を振り返ると、不思議そうな顔をしてプールから上がってきた福浦先輩がいた


「っていうか、伊藤ちゃんも泳いどったんやね。あれか。沙雪に泳いで来たら?って言われたん?」

「正確には愛那ですけどね。自分が手持ち無沙汰だって言うこともあったんでしょうけど、直哉のレースを見てから、チア無の感覚カラン兄から何まで全部狂ったように見えたんでしょうね。泳いで来たら?って言われて、私も気分転換にって思って泳いでたんですけど、潜って遊んでたどこかの男子に頭突きされて、上がろうとしてたところです」

「あぁ、さっきの怒号はそれやったんや。向こう側でもはっきり聞こえとったからなんやろうな。なんて思うとったんよ。まぁ、こんなところやから、ところどころしか聞こえへんわけで、何かあったんかな?って成海と言うとって。まさかの被害者は伊藤ちゃんやったか」


 まぁ、あれだけ大きな声で怒っていたら、そりゃ周りにも聞こえるか。

 そんなことを思いながら、少しだけ福浦先輩と話して、私は更衣室に戻った。


「おろ?もう咲ちゃん帰ってきたん?もっと泳いどってもよかったのに」

「ちょっといろいろあったからな。今日はもうええわ。ちょっと泳ぐのがしんどいわ」

「なんかあったん?……あっ、もしかしてさっきの怒号?」

「ここまで聞こえ撮ったんですね。それです。うちが普通に泳いどったら潜ってあそんどった男子に頭突きされて、逃げられたんです。まぁ、うちはパニックでわかってなかったんですけど」

「そうやったんやね。お昼のときに念のために忠告しとかなあかんね。まぁ、うちの子らはみんな、そんなことをするような子やないから大丈夫やと思うけど」

「まぁ、唯一と言うたら鮎川先輩と成東先輩くらいじゃないですか?愛那はそう思ってますけど」

「まぁ、あのふたりはアホやけど、中山くんがはっきりモノ言うし、去年もおととしも忠告はされてたし、もしやってんの見つけたら棄権させるからな!って言われてたし、マネージャー陣も上から見といてなって言われてたから、結構、けん制はできてると思うで」


 どうやら、過去に引退していった先輩たちが今の3年生にくぎを刺していたようだ。

 でも、そのかいあって、って感じか。まぁ、遊んでいるほど時間に余裕がないのも事実なんだろうけど。


「ほんなら、咲ちゃんにスプリットブックはパスして、うちは決勝のスタートリスト撮ってくるわ。さすがに1決になったやつも張り出されてるやろうし」


 愛那はそれだけ言うと、スタタタタと階段を上がり、出入り口の方へと歩いて行った。


「ほんま災難やったな」


 愛那がスタートリストを撮りに言った瞬間、沙雪先輩が話しかけてきた。ちょっと憐みの念がこもっていると感じたのは気のせいと思っておくことにしよう。


「でも、被害がうちの選手やなかったことはよかったんちゃうかなって思いますね。これで、本当にレースを棄権せざるを得なくなってしまえば、夏の努力も無駄になるでしょうし。特に3年の先輩たちは」

「せやね。不幸中の幸いってとこっろやね」

「そうですね。さて。とりあえず、愛那が戻ってくるまでの間、せっせと書き込みましょうか」

「ほんま、美咲ちゃんは美咲ちゃんやなぁ」


 それがどういう意味なのか、今の私にはわからないけど、とりあえず、この夏、努力した成果を見せてくれたらいいかな。なんて思いながらレース展開を見ていた。


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