Episode 139 思った以上に……
レースは長い笛がもう一度鳴り、ファーストスイマーはスタートの姿勢をとる。
その中にはすでにスタートの姿勢をとっている選手もいて、それは少し早いんじゃないか。なんて思いながらレースが始まるのを見守る。
そして、いつもの「よーい」から高い電子音まで、いつもの公式戦と変わらず、緊張感のあるスタートになった。
部長は、自身の持ち味でもあるスタートでいいところをっ魅せたいところだったけど、やっぱり、強豪子の隣で泳ぐこともあり、少し緊張したのか、ミスすることはなかったけど、いつもよりはほんの遅いスタートになった見えた。
もしかしたら、隣を泳ぐ今津高校の選手が速いだけなのかもしれないけど。
それでも、部長もいいスタートを切ったと思う。さすがに、今津高校の選手には届かず、グイグイと離されていくものの、必死について行こうとする。
そして、レースだけど、まだ始まったばかりだということで、ハーフラインを超えても今津高校と毛馬高校は競り合うようにトップ争いを、その下には、総合でも3番手に位置取る八雲西高校もいる。
そこから下は少し混戦なようにも見えるけど、鶴商と扇商がほぼ並んでいるような形か。
この戦況がバッタまで続けばいいんだけど、どこまで粘れるだろうか。なんて思いつつ、ファーストスイマーからセカンドスイマーへの引き継ぎ。
扇商は、5番手で飛んでいき、鶴商の後。
ここまでは八商大会のときと順位こそ違うものの、流れは同じもの。正直、ファーストスイマーの部長がはんっバックとはいえ、タイムを少し伸ばし、39秒台で入っていった。鶴商の選手もだいたい同じくらい。
さがつくとしたらセカンドスイマーのブレだろうか。
そんなことを思いながら、成東先輩が泳ぐブレを見ていた。
成東先輩のブレは、今までと違ってダイナミックさが出てきた。これは完全に、個メをやってきた鮎川先輩と愛那のアドバイスで力強さを魅せることになった。
もちろん、それは見せかけだけじゃない。パワー系の鮎川先輩だからこそ、力の抜けたフォームでキックで進んでいたものから、プルでも進めるように改良した。
そこには、成海先輩のフォームを真似したところもあるって言っていた。
ここに私が関われなかったって言うのは、ちょっと残念だけど、でも、ほぼ専門外の私が口を出して、変にフォームを崩し、タイムが悪くなるよりは、断然そっちの方がいいと感じ、私は何も口出ししないことを決めて、それがうまく行ったって感じ。
浮き上がりまでの間に、ドルフィンキックをひとつしてから一掻き。そのあと一蹴りして浮き上がってくる。
私からすると、珍しいやり方だな。なんて思いながらも、これも、ルールの中に入っているから大丈夫か。なんて思いつつ、力強いフォームで泳いでいくのを見る。
「浮き上がりまでの流れは完璧や。腕動かすの、よう我慢したな」
愛那が成東先輩の浮き上がりを見ながらうんうんとうなずきながら言った。
「これが泳法違反やないってこと知っとったん?」
「一番進む方法の中でな。インターハイの中継も見てたし、逆にありなんやって思ったわ。しかも、それが半ブレやったから、いけるんちゃうかって思って成東先輩に言うてみたら、案の定って感じやったわ」
たった1週間しかない練習でこれだけ変えようとするなら、かなり勇気がいっただろう。そうでないとしてもここまでだ一旦に変えられなかっただろう。
「よう、そんな強気に出れたな」
「ほんまは、みかげっちのちょっとした一言やってんけどな」
「杏里ちゃん?なんかあったん?」
「いや、たいしたことないんやけど、インターハイの動画見せられて、『これってオッケーなん?』ってほんで、誰も泳法違反取られてへんからええんちゃう?っていうたら、成東先輩が『魅せて~』って言うてきてな。ほんで、やってみたんよ。ほんなら、中途半端に合えへんかったやん?あの人のタッチ。それがばっちりおうたから、行けるやんってなって、あの形になったんよ。フォームも成海先輩に近いフォームになったし、タイムは一気に伸びるんちゃうかな」
そんなことを言う愛那を横目にハーフラインを超えていく成東先輩。そのじゅんいは、まさかのひとつあげ、4位になっているうえに、身体半分ほどのリードを持っていた。
まさか、フォームひとつでここまで上がってくるとは思ってなかったし、ここまで速くなるのかって思ってしまった。
やっぱり、ブレって、フォームやタイミングひとつで大きく変わるなぁ。って思っていた。
そのあとは、しっかりと4位をキープしてサードスイマーの鮎川さんに繋いでいく。
まだ概算計算しかできないけど、八商のときに出した42秒を上回り、41秒台で泳いだようにも見える。
ハーフで経験者が1秒も縮めるのはさすがだ。しかも、それが1週間の間で。
これは大きいかな。なんて思いつつ、豪快に泳いでいく鮎川さん。
これも大きな成果だと思うし、緊張するだろう個人のレースの前に、このリレーで直哉が緊張をほぐしてくれるだろうと思っている。
楽に泳いでくれているならそれでいいかな。なんて思ったりしていると、あっという間にハーフラインを超えていく扇商水泳部。目に見えて調子よさそうなのは、私としても本当にマネージャー冥利に尽きる。
さすがに今津高校や毛馬高校とは25mほど離れているから、追いつくのは無理だろう。
さすがの直哉もそれをひっくり返す力はないだろう。そんな力があれば今津や毛馬の選手もビックリだろう。
力強く泳ぐ鮎川先輩は、後続の鶴商と2秒ほどの差を空けて直哉に繋いでいった。
ここからは、直哉の独断場!と言えればよかったんだけど、まぁ、上位3校が速すぎるって言うのがあって、10秒差を8秒差にまで詰めることがせいいっぱいだったようで、最終的には、そのまま4位でフィニッシュ。
だけど、直哉がいなかったり、鮎川先輩が伸びていなかったら、確実に鶴商より後ろだったかもしれないから、それはそれでよかったかなって思ったり。
それでも、やっぱりリレーだということもあり、インターハイ優勝の肩書はあまり目立ったないようにも見えたかな。
だけど、ここから。個人のレースでどこまで覇者の意地を見せられるかってところだと思う。存分に暴れてよ、直哉。




