Episode 136 嬉しい話だけど、ちょっと複雑な心境です。
「人気者は辛いねぇ~」
そんな声が聞こえ、後ろを振り返ると、幸せそうに新しいスイム用品を持った愛那がいた。
「またいっぱい買って。まだ選手復帰も見えてないんじゃないの?」
「それがね~、昨日、病院行ったら、9月には条件付きで復帰できることになってん」
ほぉ。愛那が選手復帰か。……ってことは、沙雪先輩も引退するし、愛那が選手復帰したら、マネージャーは私ひとりじゃん!
いろいろマネージャーとして、慌ただしくなりそうな予感……。
ただ、条件って何なんだろう。
「愛那、その条件て何なん?」
「フリーでゆっくり泳ぐんと、バックでゆっくり泳ぐことくらい。バッタもブレも背中を大きく使うから、まだあかんって」
「そうなんや。でも、それだけでも前向きになれるんやからええんちゃう?」
「まぁ、週3くらいに抑えてな。って話やから、それ以外はマネージャーとして動くつもりやで」
そうなんだ。なんて思いながらも、まずは、愛那の選手復帰を祝うところだ。
「そうなんや。おめでとうね。でも、もう一息ってところ?」
「せやね。そろそろって感じやろうな」
「選手復帰か~。でも、八商大会のとき、レース出てたやん。しかも、ブレで」
「あのときはな。さすがに、ブレやったらいけるやろうって成海先輩の判断やってん。さすがに、エントリー出した後で、うち無理です。なんて言われへんから、負担の少ない泳ぎで泳いだだけ。ベストタイムからも程遠いタイムやったし、気にしてへんかったけどな」
そういえばそうだったかも。滑らかにスイスイ進んでたと思う。あれが愛那のブレなんやと思っとったけど、ちゃうかったみやいやね。
「そういうことやったんや。ほんなら、ブレはフォームは全くちゃうん?」
「全っ然ちゃうよ。もうちょっと身体立ってるし、キックももうちょっと早いし、強いし。まだドクターストップとれてへんからってことで、水泳教室で習うような泳ぎ方にしとってん。あれが一番負担ないのは知ってたし」
なんていうか、コーチとしては、愛那の方が上なんじゃないかって思えてきた。
正直、私なんて、バックとフリーしか教えられない。バッタは愛那、ブレに関しては、沙雪先輩がメインで教えているところがある。
たまに私が教えることがあるものの、それでも、愛那や沙雪先輩のようにはいかない。チグハグになってしまうところもある。
それはさすがに渡しもわかっていてえ、申し訳ないなと思うときもある。特に、大の苦手にしているブレに関しては……。
私も勉強をしてい入るんだけどね……。バックやフリーに限らず、バッタもブレも。
「でも、これでやっと咲ちゃんの指導を受けられるって感じやね」
「言うても、うち、バッタもブレもからしきやで」
「そんなん言うたところでやって。それに、機にすんのはフォームだけとちゃうひ。細かいところも咲ちゃんがいろいろ知ってるから、ほんまにうちとしてはありがたいし」
いろいろ教えているのは事実だけど、やっぱり、専門的な技術を教えたいところではあるよね。なんて思ってしまう。
そして、しばらく愛那と話しているときにハッとした。
「愛那、はよ客席戻ろ。めっちゃいろんな人に見られてる」
私がそう声をかけても、あんまり愛那はパッと来ていないようで、私がさらに話を続ける。
「スーパーマネージャーの話。こんなところで立ち話してると、うちやってバレてまう」
「あぁ、そういうことか。ほんまやね。ちょいと急ごうか」
なんとか愛那にもわかってくれて、私と愛那はそそくさとチームの席へと戻っていく。
立ち話していた通路からちょっと急ぎ目に戻ってきた私たち。まだたぶん私がスーパーマネージャーだということはバレていないだろう。と思いながら、一番前の席に座り、残っている仕事を探してレースの準備をしていく。
そこからしばらくの間、スプリットブックにレース順で名前と種目を掻いていき、プログラムに扇商の選手のところにマーカーを引いていく。
さすがに、ひとり2種目プラスリレー4種目。チーム全体で38種目と、さらに決勝に出る選手がいるなら、さらにプラスされる。
とくに、直哉と遊菜、鮎川先輩に成東先輩、福浦先輩は決勝に出られることはほぼ確定だろうと思っているから、まぁ、プラス10種目は確定。
マネージャーとして、かなり忙しくなるだろうな。なんて思いながらも、愛那と協力して、仕事を終わらせる。
そんなころには、もうアップの時間はほぼ終わり掛け。
最後に直哉たちの飛び込みの姿を見ておけばよかった。なんて思ったけど、まぁ、過ぎてしまったものは仕方ない。
まぁ、あんまり気にすることじゃないと思うけど、正直なことを言うと、直哉と遊菜の飛び込みの姿だけでも見ておけばよかったと思ってしまった。




