Episode 134 遊菜からのお願い
そして、ちょっとした事件が解決してから数日。あっという間にきた全選手が個人でひとり2種目出る小さな大会。
朝から私もいろいろバタバタと動く事になるけど、比較的いつもの部活のときよりはましな1日を過ごせそうかな。なんて思ったり。
「インターハイからたった2週間しか経ってへんのに、もう大会とか、あんまり考えられへんな」
「もともとちょっとタイトなスケジュールやからな。それでも、宮武選手よりはマシやろうけど」
「確かにな。あの人は、インターハイ終わってすぐに海外行ってレースしてるから、向こうの方が大変なレースになってたやろうな」
宮武選手からは、海外でのレースが終わって少ししてからメールが来た。
それは、ちょっと長かったけど、ようは、私と直哉と遊菜に対しての感謝だった。
正直、そこまでする必要なんてあったのかな。なんて思ったけど、いろいろ書いているものを見たら、直哉がいつも言う「楽しまんと損やろ」的なことと、遊菜の本当に楽しんで泳いだ結果を目の当たりにしたこと、私がメニューを見せてからの心境の変化がすべていい方向に向いたらしい。
たぶん、この考え方は、本当に直哉から始まったことで、それがいろんな方向に広がっていった。それがまさか、扇商水泳部だけではなく、他校の人にまで広がるとは思ってもいなかった。
でも、言い広がり方をするんじゃないかなとも思っている。
「咲ちゃん~!おる~!?」
そんなことを思っていると、プールの方から遊菜の声が聞こえる。
今回は、大会に出場する高校が少ないこと、大半の学校の選手が少ないことがあって、扇商が久しぶりに前の方に陣取っている。
ということもあり、私も前にいて、プールに近いところにいる。おかげで、いろんな音が聞こえる中での、遊菜の声。
これだけよく響くな。なんて思いながらも、私も前に出て遊菜の話を聞く。
「どないしたん?」
「ごめん、メニュー組んでくれへんかな。なんか、朝のアップは咲ちゃんのメニューやらんと気持ち悪くてさ、ちょっと急やねんけど、お願いしたいんよ」
そういうことか。ここ2カ月ほど、直哉と遊菜しか出ない大会のときは、基本的に私がアップメニューを作って伝えていた。それに慣れてしまったのかってところか。まぁ、仕方ないし。
そんなことを思いながら、私は「わかった。すぐ作るから、ちょっとの間、フリーで泳いどいて」とだけ伝え、すぐにメニューを作ることにする。
とはいっても、あと1時間もしないうちに開会式が始まってしまうから、あまり泳げない。
それに、遊菜は一発目のリレーが待っている。それを考えると、長くアップさせるのは、私としてもやらせるわけにもいかないのはわかってる。
だから、いつも通りと言ってはなんだけど、いつも組んでいるメニューを基に、本数を減らしてメニューを組んで、遊菜のもとに持って行く。
さすがに、プールに降りる前に、遊菜が泳いでいる位置を確認していた。
まぁ、女王の威厳というべきなのか、なんというか、遊菜らしく派手なスイミングウェアとスイムキャップで泳いでいたのを確認している。
相変わらず5レーンで堂々と泳ぐよね。なんて思いつつ、堂々と泳ぐ姿をスタート台に座って、遊菜が泳ぎ終わるのを待った。
ただ、遊菜は、スタート側に戻って来ても、まったく私に気づくことなく、前との距離を空けようとしていた。
そして、その時に気づいたことが一つ。
インターハイまでの時の大会でつけていたゴーグルと今日は違う。なにか気が変わったのだろうか。ただ、私に気づいていないのは、どうかと思い、「遊菜」と一声かけた。
「うぉっ、咲ちゃん。もうできたん?」
「うん、できたで。いつもとほとんど変わらんけどな。ほんで、話しは変わるけど、今日はゴーグルを練習の時の物のままやねんな」
「さすがに今日はな。一応、近畿大会とかインターハイでもこのゴーグルは持っていっとったけど、人が少ないからって言う理由で度なしゴーグルに慣らそうとしてたからな。やけど、今日は、人が多いし、周りのスピードがいろいろやから、度入りのゴーグルやないと、ぶつかって危ないって思ってな」
なるほど、そういうことか。それなら納得だ。
「それなら、レースもそれで行くん?」
「せやね。今日に関しては、周りも気にせんでええやろうし、うちが一番やろうから、あんまり気にせんでええかなって思ってるし、この方が慣れてるから、このまま行くわ」
「なんか、その姿でレースするのも久しぶりやね。やけど、無理しなや」
「わかってるって。やけど、正直、新人戦とその先までって直ちゃんと決めてるから、あまりハードなことはせんけどな」
そういえば、直哉から直接、「国体にはでぇへんから」なんて言われたな。それは自身の経歴に堂々と乗せられるのに、どうしてだろう。なんて思っていた。
時間があれば、直哉に聞いてみようか。
そんなことを思いつつ、遊菜にメニューを書いた紙を貼ったプル板を渡した。
「これよこれ。度入りのゴーグルしてると、よう見えるわ。とりあえず、やってくわ。ありがとうな」
それだけ言うと、遊菜はメニューを確認した後、タイマーを見ながら泳いでいった。
とはいっても、最初は、ツーツーラフで、サークル設定のないメニューだから、タイマーを見ることなんていらないのにな。なんて思いながら見ていた。
さて。あとは、直哉の調子だけ見てから、客席に戻ろうかな。
それだけ思って、今度は直哉の姿を探そうとする。




