Episode 12 遊菜は強みを手に入れました
遊菜はゆっくりと自分がしようとしている動きを1つずつ確実に確認していく。
そんな中で私は優雅にひとつひとつの動きを大きくして泳ぐ。ちょっとななめ後ろで並走してくる遊菜に気づいたのは、クイックターンをしてからだった。
たぶん、私のキックを真似したいがためにななめ後ろを泳いでいるのだろう。
なんとなくちょっとだけ長く、ドルフィンキックをして遊菜に見せる。
そして、戻ってくると遊菜のほうを見る。
必死に何が違うか、繰り返しキックだけをして感触を確かめている。
「咲ちゃんとなにがちゃうんやろう」
ひとつひとつの動きを大きく確認しているのもあるだろうけど、それ以外に、違和感を感じるところがある。
……わかった。膝だ。膝が大きく曲がりすぎている。それで普通にキックをしててもスピードが落ちたんだ。あと、上半身がうねってる。重なって水の抵抗が余計に大きくなっているのか。
「遊菜、改善前と比べて上半身がうねりすぎ。あと、膝も大きく曲がりすぎてる。大きいところはそこだけだから、そこに注意してみたら?」
「膝?そんなに変なん?」
「だいぶ。私、足の甲を上げるときも推進力にしてるとは言ったけど、今の遊菜は推進力にしようとしすぎて、大きく動かしすぎてる状態。そこまで強くしなくて言いし、しいて言うなら、フィンと同じ要領。上向きの推進力は足首を戻すだけでええんやから」
「はーい。注意してやってみまーす」
そういうと、また軽く泳ぎだし、こつがわかったのか、何本か泳いだあと、1本だけダッシュをした。
「咲ちゃん!コツがわかった!」
と、はじける笑顔で言ってきた遊菜。
本当だったら、私だけの秘密にしておくはずだったんだけどなぁ。なんて思ったりするけど、遊菜たちが速くなればそれで今はいい。
そのうち、ほんとに化けて、日本代表になったりしてね。……まぁ、考えにくいか。
でも、いずれかは、ほんとに日本代表に行ったりするのかな。本当にそうなるとしたら、すごいことだよね。
世界で活躍する二人になってほしいけどなぁ。まぁ、私の切なる願いだけどさ。
「咲ちゃん!1本だけタイム測って!ちょっとでも伸びた気がする!」
遊菜の顔は笑顔のまま。コツがわかってかなり上機嫌みたい。浅いプールでぴょこぴょこ飛び跳ね、私に言ってくる。
「はいはい。わかったから。そんなに跳ねないの」
そういって1本だけタイムを測る。
朝と同じように、本番さながら。こういう雰囲気だとやっぱりモチベーションが変わるしね。
「よーい」
さっきと待ってる姿勢が変わらない遊菜。タイムを学校のプールで測るとはいえ、相当集中しているように見える。
この短時間で、この集中力。やっぱり遊菜はすごい。そんなことを思いながら、鋭くホイッスルを鳴らす。
スプラッシュをほとんど立てず、飛び込んでいった遊菜。
上から見てる限りは、さっき言ったことを意識しているのだろう、だいぶできている。
ただ、やっぱりまだ動きは少し大きい。ちょっと抵抗になってるところがあるように見える。
それでも、足の裏で押している分、少しパワーは出たか。
最初の25メートルを12秒ほどで泳ぎ、折り返し、無理のない範囲でさらにドルフィンキック。
……あっ、スタートに比べて、こっちのほうがいい。疲れてるからかもしれないけど、余分な力が抜けたのかもしれない。
そのまま遊菜の持ち味でもある後半。ほとんどタイムを落とさずに戻ってきて、トータルタイム27秒87と、さっきよりもタイムを若干だけ伸ばしてきた。
遊菜にそのことを伝えると、少し物足りなさそうだった。
「入りがほぼ変わらへんかったしな。それに、スタートしてからのドルフィン、意識しすぎてたんか知らんけど、少し硬く見えた。けど、後半は力が抜けて綺麗やった」
「ホンマに?ほんなら、あとは下半身強化やな。よっしゃ!やるで!」
そう叫ぶと、遊菜はまたドボンと水の中に入り、キックを中心に自主練を始めた。
それにしても、たった30分ほどで私のキックを、遊菜が自分のものにしてしまうとは……。まだ自分では納得がいってないところはあるんだろうけど、それでも、この短時間でここまで来るとは思わなかった。
だって、まだまだコツをつかむのに相当な時間がかかると思っていたんだもん!
そのまま直哉を抜いたりして。とか、意味のわからないことを考えたりして。
まぁ、天と地がひっくり返ってもありえないことなんだけど。
そんなことを思いながら遊菜が泳ぐ姿を見ていた。




