Episode 128 Naoya sideやっちまったみたいやな
水中でストリームラインをとったあと、美咲直伝のドルフィンキックを打ち、徐々に浮き上がっていく。
そして、いつもの感覚をしっかりと確認しながら、泳ぎを進める。
……オッケ。感覚は完璧。ストロークスイングのキャッチもそうやし、プルからプッシュ、リカバリーまで何から何まで。
こりゃ、ええタイムが出そうやな。まぁ、それは蓋を開けてみなわからんけどな。
とりあえず、無心になりつつ、横を見る余裕もないくらいやけど、なんていうか、自分がノリに乗ってるのって、こういう時だけわかるんが不思議でしゃあないよな。
そんなことを考えてると、ターン前5メートルのラインが見えた。
このラインが見えれば、ターン前ラストのブレスを挟み、1掻きしてから思いっきり回っていく。
そして、回った勢いをそのままに、また壁を蹴り、ラストハーフへと向かっていく。
壁を蹴ったあと、ほんのワンテンポだけストリームラインをとり、姿勢を安定させてからドルフィンキックを打ちながら浮き上がっていく。
……こっちもこっちで浮き上がりは完璧。掻きはじめも完璧。ストロークの感覚もオッケー。これやったら、最後までしっかりと戦える。
そんなことを思いながら、残ってる力を全部使い果たす気で突っ込む。
もしかしたら、変な癖が出てるかもしれへんけど、そこはあとで美咲に怒られたらええわ。そんなつもりで突っ込み、ラスト5メートル。
ハーフラインでブレスを挟んだ後やからって言うのはあるけど、まったく苦しくは無い。
そのまま、ラスト5メートルも泳ぎ切り、タッチ板に手をたたきつけ、自分のタイムを止める。
感覚的には悪くなかった。むしろ、絶好調ととらえても全く問題はないくらいやった。
そんなことを思いながら、後ろを振り返り、自分のタイムを確認する。
『4 原田 直哉 扇原商業 50.08』
それを確認した瞬間、派手な音楽が聞こえたと同時に、場内がざわついてんのがわかった。
『新記録のお知らせをいたします。ただいま第4コースを泳ぎました原田くん、扇原商業は、50秒08で、今大会新記録を樹立いたしました』
そんな感覚はせんかったのに、ここまで行くか。それさえも驚きやねんけど、ここまで行くとはな……。
さすがに高校記録までコンマは6秒あるから予選の段階で無理やろうなとは思っとったけど、こんな記録が出るとは思えへんかったから、気分はええよな。
しかも、予選から、1秒以上伸ばしてか。とんでないって思ってまうよな。なんなんやろ。これ。
「原田選手、優勝者インタビューがありますので、正面から上がってインタビュースペースにお越しください」
あぁ。せや。これが待ってんねんなぁ。正直、無視して、サブプールでダウンしたい気持ちもあるんやけど、ここばかりはしゃあないか。
そんなことを思いながら、軽い力で弾みをつけると、上半身は余裕で持ち上がり、足もまだ元気。
腕にちょっと乳酸が溜まってるくらいやな。まぁ、いつも通りっていうのが正解なんかわからんけど、息は絶え絶えやけどな。
これも想定範囲内やから、なんも気にする事はないんやけどな。
とりたえず、さくっとインタビューを終わらせて、ダウン行こうや、
「お疲れ様です。よろしいですか?」
たぶん、インタビューを始めてもええかってところやろう。もちろん、断る理由もないから、「大丈夫っす」と勝手に口から零れていた。
「それでは、優勝者インタビューです!こちらも、予選2組からの下克上で2冠達成、原田直哉選手です!おめでとうございます」
「ありざす」
あかん。メディア嫌いっていう性格が思いっきり出てもうてる。まぁ、それも昨日からやから、今さらどうすることもできひんけど……。
「率直に、今の感想はどうですか?」
「そうっすね。できすぎって感じで、自分が怖いです」
「この種目でもしっかりと大会記録を更新して優勝しました。自身の成長、どのように感じておられますか?」
「いろいろ技術や様々なものを調べて、コーチのような動きをしてくれたマネージャーに感謝ですね。それしかないです」
「今後の目標はどうしましょう?」
「そうっすね。自分が楽しめたらそれでいいんで、あえて、目標は立てずに、自分らしく楽しめたらって思いますね」
さすがにこの答えは、インタビュアを困らせたか。やけど、これしか言うことないしな。なんて思いつつ、わざと視線を逸らすかのように、大型モニターの方へと目をやる。
たぶんやねんけど、大神とおんなじ行動をしてるんとちゃうかなって思ったりして、ちょっと気まずくなったりしたけど、まぁ、それでも、「最後に一言お願いします」と言われるだけで済んだ。
「え〜っ、何言うたらええんやろ。とりあえず、学校の先生や親を始め、関係者の皆さん、応援ありがとうございました。とりあえず、夏休みの宿題は遅れても堪忍してください。よろしくお願いします」
ちょっとボケた感じで言うと、場内はドッと笑いに包まれた。
まぁ、これはこれでええか。なんも考えてへんかった俺が悪いんやし。
そんなことを思いながら、「男子100メートル自由形を制しました、原田直哉選手でした!」と大きな声で言われた。
それに対して「あざっした」としか言いようがなかったけど、裏に引っ込むタイミングで、大神が迎えてくれた。




