Episode 125 Yuna side ラストスパート
昨日の感覚やと、うちの隣に宮武選手がおって、ほぼ横並び。どっちが前とかはそんなんわからんかった。
正直なことを言うと、憧れの人を横にして、負けたくないって思いながら泳いでたこともあって、ほぼ無我夢中やった。
ちょっともったいなって、自分でも思ったけど、さすがにハーフレースやったら、変なことを考える一瞬の隙が命取りやからしゃあない。って割り切ってた。
今日に関しては、頭から気は抜かれへんけど、まだある程度の余裕はある。まぁ、ずっと考え続けるとかは無理やけどな。
浮き上がってくると、いつもの確認事項からスタート。
右手から掻き始めのときに感じる重さは、しっかりと水を掴めているようで、ずっしりと重い。そこから、右手をリカバリーで持ってくる時の重さはものすごく軽い。
完璧や。こんなん決まったらうちのテンションは爆上がり。
最初こそ、前半は少し抑えめで後半勝負って思ってたけど、こうなれば、もう関係あらへん。テンション高い間に突っ込んでもうて、後半粘り勝負に持ち込むか。
そう考えると同時に、身体が先に動き出す。
感覚はシャチに近いかな。
別に、弱いものイジメをしているわけやない。うちかて、れっきとした挑戦者や。やからというても、逆にエサになるつもりもない。
そんな思いを持って必死に泳いでる。
フォームはちゃんと意識してるけど、ほぼ無我夢中って感じやったかもしれん。あっという間にターン前5メートルの紅いラインが見えた。
もう折り返しか。なんて思いつつも、T字になっている2メートルラインでターン前のブレスを挟み、勢いをそのままにギュンと回って力強く壁を蹴ってゴールに向けてさらに飛ばしていこうとする。
ただ、やっぱり、壁を蹴ってすぐにドルフィンキックをするわけやなく、一瞬だけ我慢して、ストリームラインを取る。
そうせな、バランスがおかしいまま突っ込んでいくことになるし、せっかくドルフィンを打っても、抵抗がデカかったらただただもったいないしな。
やから、ストリームラインを取って、姿勢を戻した後に、ドルフィンキックを打って再加速。
うちの中で、ここで離せたら完璧よな。なんて思いつつ、豪快にドルフィン、ゆっくりと浮き上がりを意識して、抵抗のないフォームを意識する。
さらに、ここから集中するのは、浮き上がってきたあとの一発目のストローク。
これがうまく行くかミスるかでいろいろ変わる。
そんなギリギリな戦いをしてるわけとちゃうけど、やっぱり、一発目のストロークが鍵になることは、過去何度かのタイムトライアル、ダッシュメニューをやっていて身に染みている。
少し祈るような気持ちを混ぜながらも、集中して、一掻き目のストロークを始める。
……よし、感じる水の重さは完璧。軽さはない。
キャッチから腕を回す動作は始まってる。やからこそ、ここの集中力も必要やと思ってるくらい。
そこから、腕を掻いて、水を押し出す。ここまでは完璧。あとはリカバリー。ここで水を重く感じれば、完全にタイミングはミスったってことになるけど……。
……うん!完璧!何の外れもない!
そんなことを思ってしもうたら、もううちは止まらへんよね。
最後まで全力を尽くし、ゴールへと一直線。
周りがどうなってるかなんてなにひとつ気にならん。それくらい楽しいって思える。
そこからのうちは、全力を出し続け、気が付いたら、ラスト5メートルのラインが見え、ここからどんだけ苦しくてもブレスなしを貫く。
T字ラインもあっという間に過ぎ去り、ゴールのタッチ板を殴りつけるように叩いて、自分のタイムを止める。
そして、えらい呼吸が浅いのを落ちつけるようにと、たっぷり息を吸い込み、バックのスタートバーにぶら下がるようにして水中に潜る。
これも、もうルーティンになりつつあるな。なんて思いながら、苦しくなってからももう少しだけ我慢。
これがいつものうちで、周りからしたら、なにやってんの?とか言われるんやけど、こうせな、いつまでも呼吸が落ち着けへんような気がして、ついついレース終わりにやってまうんよね。
ほんでから、もう無理!ってなったところで顔を上げて、大きく深呼吸をする。
……うん。やるだけのことはやった。後悔はもう何もない。そう思えるうちは幸せもんなんかな。




