Episode 123 Yuna side 感じたことのない圧力
さぁ、いよいよ決勝や。正直言うて、シンデレラストーリーすぎて、夢と現実の区別がついてこんくなるけど、まだなんとか自我は保ててる。
たぶん、中学までの時のうちやったら、たぶん、空気に呑まれてる。現に、サブプールから更衣室に行くまでの間で空気に呑まれてたくらいやし。
でも、それを何ともない空気にしてくれたんは、まぎれもなく直ちゃんのおかげやと思ってる。
ただでさえ、うちの精神的柱やのに、その人がおらんくなるだけで、こんなにぽっきり行くんやから、直ちゃんの偉大さは日に日に大きくなるばかり。
そのうち独り立ちせなあかんのはわかってるけど、なんやろう。まだ直ちゃんに頼ってもええんかなって思ってしまうよね。
でも、こんなところに来て、他力本願って、ちょっと引かれるやろうか。
やけど、昨日とちゃうのは、直ちゃんの姿を確認できただけでも緊張が解けてる気もしてる。声を掛けられんくても落ち着けるようになったってのは、成長って思ってええんやろうか?
たぶん、直ちゃんが近くにおるってだけで精神的な柱になってるんやろうな。そのうち、直ちゃんがおらんなってもどうにもならんくなったらええな。なんて思いながら、メッシュ素材のスイムキャップを被り、度なしのゴーグルをつけ、集中し始める。
……大丈夫。昨日はたまたまなんかとちゃう。れっきとしたうちの実力やねんから、今日も行ける。やれるんやで。そんなことを思いながらヘッドフォンをして好きな音楽をかける。
「それでは、女子100メートル自由形決勝の招集を始めます」
さて。ある程度緊張もせんくなったところで、うちも招集点呼を受けて、集団から少し離れたところで、身体のバランスをリセットさせるように軽くジャンプしてから、大きく息を吐き、待機場所で横に並んでいるベンチの真ん中で待機する。
こうやって、うちがセンターで決勝のレースを泳げるなんてな。ほんまに一昨日までそんなこと考えられへんかったのに、うちも成長したよな。
こんなん、咲ちゃんのおかげ以外になにがあるんやろうって思ってまうし、やからこそって思いもあるんやけど、結果を見せて恩返しせなあかんよな。
気負いすぎるのもまずいっていうのはわかってるんやけどね。
それでも、どないか結果を見せたいって思いはものすごく強い。
そこから何分経ったんかわからんけど、男子ロングの決勝も終わりを迎えかけているんか、ラスト100の鐘がいろんなところから鳴りだしている。
もううあと1分ほどしたら、男子の最長種目も幕を閉じる。
そのかわり、今度は女子のスプリントレースが始まる。
そろそろ集中力を高めていくために、昨日と同じようにヘッドフォンをして、好きな音楽をかける。
さすがに、好きな音楽に囲まれていると、周りの音なんてなんも気にならんくなる。
昔はヘッドフォンをしてても司会や耳に入るだけでも気にしとったヒソヒソ話や、うちを見る視線さえも。これも咲ちゃんや直ちゃんのおかげなんかなって思ったりして。
「それでは、女子100メートル自由形決勝に出場する選手は準備してください。入場は、一人ずつ場内アナウンスで紹介しますので、呼ばれたら進んでください。順番は8コースをはじめにして、外側のコースから呼んでいきますので、よろしくお願いします。それでは8コースの……」
昨日と同じで、うちは最後か。まぁ、それはわかり切ってたことやからええんやけど、これはこれで緊張するよな。
ただ、見られる時間が短いから、それはそれでありがたいかもな。なんて思いながら、度なしのゴーグルをつけると、その上からシリコン製のスイムキャップを被る。
そして、徐々に選手が呼ばれて行ってるんか、ひとり、またひとりとレースが繰り広げられるメインプール内へと消えていく。
同じレースを泳ぐ選手たちがメインプールに消えていくたびに、後ろで待ってる男子の圧力が強くなってきて、こっちが押しつぶされそうになる。
こんな圧力を感じるとは思ってへんかったから、ちょっとちっちゃくなってまうよな。
「大神、気負うなよ。行けんねんから」




