Episode 122 Carin side 優秀なマネージャー兼コーチ
「あと、入水のとき、手のひらを外に向けるのも戻したほうがよさそうですね。ストロークピッチを上げようとして、外側に向けたままキャッチしようとしているみたいですけど、泡まで掻いちゃって、推進力を失ってますね」
動画を見ながら冷静な分析をしてくれる優子ちゃん。
本当にコーチのようなことをしてくれているから、私としてはありがたい。
最近のマネージャーってコーチみたいなことをするのだろうか?……たぶん、扇原商業の伊藤マネージャーも優子ちゃんも、真理奈も選手を経験していたか。
伊藤さんはどれくらいのレベルの選手だったのかはわからないけど、あそこまで専門知識があるのなら、かなりいいレベルの選手だったんじゃないかなって思う。
退化しているのは私だけか……。そう考えると少し嫌になるけど、少し気持ちを切り替えて、もう少し調整しますか。
そんなこと思いながら、さっき優子ちゃんに言われたことを意識して、フォームチェックをしたあとダッシュの動画を撮ってもらう。
「だいぶ形には戻りましたけど、感覚はどうですか?」
何本か泳いだあと、動画を止めたのか、私の方に近づいてきた優子ちゃん。
その顔は「自信もっていいんですよ」とでも言いたげだった。
でも、何て言うか、春先からの感覚に比べると、かなりダッシュをしていても、進んでいるような感覚はある。
こんな感覚は久々。
フォームを戻すだけでここまで感覚が変わるなんて考えもしなかった。
前のフォームは古く、速くなるためには邪魔なものだと決めつけていたところがあったから、むしろいい気付きになった。
「今までの苦労はなんだったんだろうって思うわ。なんでもっと早く気付かなかったんだろう」
「前のフォームよりこうしたほうがいいんじゃないかって考えれば考えるほどそうなりますよね。でも、それって、前より良くなりたいって思うからそうなると思うんで仕方ないことだと思いますよ」
「でも、新しいことがうまく行かないからって、前のフォームに戻すことなんて思いつかないよね」
「苦肉の策って言い方はよくないかもしれないですけど、優子の中では、最後の手の一つです。これでどうにもならなかったら新しいフォームをかたっぱしから試していくしかないかなって思っているんで」
最終手段か。それほど追い込まれているように見えたのかな。優子ちゃんから私を見たら。
でも、最終手段って言うなら、槽なのかもしれないね。なんとなくだけど、私も覚悟を決めたほうがよさそうだ。
新しいフォームにしがみつく事より前のフォームを磨くことにしよう。そうしないとパンパシに間に合わない。
「花梨先輩、慌てなくても大丈夫です。今は、フォームを固めることに集中しましょう」
私の心を読んでいるのか、いいタイミングでフォローを入れてくれる優子ちゃん。
そのおかげか、一瞬、私の心に火が着いたけど、メラメラと燃え出さずに穏やかに明かりを灯すような感じでユラユラと静かに燃える。
「そうだね。今はそっちが最優先だね。ありがとう」
「優子は朝も言ったかもしれませんが、花梨先輩のお手伝いがしたいんで」
真理奈といい、優子ちゃんと言い、私はいい環境に恵まれている。恵まれていないのは、コーチくらいだろうか。
少し毒づくような形にはなるけど、私と日本代表のコーチの相性は悪いように思える。個人的に、優子ちゃんを連れて行きたいけど、たぶんそれは無理だろう。
合宿に参加しないって言うてもあるんだろうけど、日本代表と言いう肩書を背負っている以上、勝手なことはできないか。
そんなことを思いながら、私は優子ちゃんにフォームを見てもらいながら調整を続けていく。




