Episode 11 私の特技と遊菜の理解
ご飯を食べながら組んだメニューはさくっと仕上がり、トータルは5000を少し超えるくらい。時間的には5時くらいまで。残るのは直哉と遊菜だけだから、さっきのタイムを参考にして、だいぶサークルを短くしたり、本数を増やしたりしている。
たぶん、これがギリギリだろう。これ以上行けば、タイムオーバーするのは見えてるし、無理すると、フォームを崩して怪我の原因になると思ったから。
「直哉、これくらいでいい?あんたやったら、これくらい楽勝やと思うんやけど」
「おう、サンキュー。って、めっちゃきついメニューになってるし。なんかの腹いせか?」
「そうやね。せっかく帰れると思ったのに、帰られへんようになったからなぁ。まっ、冗談やけど。結構負荷かけてるけどいけそう?」
「いけんことはないやろ。まぁ、大神がどう言うかちゃう?俺はこれでいけるし」
あっそ。そういうと、一度部室に戻り、私もスイムウェアに着替える。
ここからちょっとの間、泳ごうとしているから。
こういう日にみんな帰ったあと、直哉たちと一緒に軽く泳ぐのが最近楽しく感じる。ただ、こういうふうに泳ぎだしたくなったのは、つい最近のこと。いままでは泳ぐことは避けてたけど、今では少し楽しいと思える。でも、まだレースに出ることはできないけど……。
やっぱり水泳部に入ってよかったって最近は思える。だって、バイトばっかりでつまんない日々を送っていたかもしれないし。そう思うとやっぱり違うよね。
さぁ、のびのびと泳ぐか。
「あっ、咲ちゃんも泳ぐんや。なんか、違和感あるな」
「まぁね。普段は全く泳がへんしね」
「せや、咲ちゃん、うちな、咲ちゃんに教えてほしいことがあんねんけど」
「なに?」
「咲ちゃんのバサロ。この前泳いでたとき、めっちゃ勢い強かったし、めっちゃ進んでたからすごいなぁって思ってさ。うちも、あんだけ強くキックできたら、まだタイムのびるんとちゃうかなぁって」
「でも、フリーやったら、あんまり意味なくない?」
「ロングやったらな。ハーフとかスプリントはスタートからトップスピードを維持せな勝たれへんから。それに、うち、あんまりドルフィンキックとかあんまり得意とちゃうし、スタートしてから一気に浮き上がって来てスピードに乗ろうとしてるから。そこを強化するだけでどこまでいけるんかなぁとか思ったりして」
「そっか。そうやんね。でも、うちのバサロは、はまらへんかったら、すごい抵抗になるから、あんまりおすすめはできひんねんけど……」
「それでもええからお願い!」
そこまで言われると、断る理由がない。まぁ、それで伸びたら儲けものか。教えてみる価値はあるか。
「じゃあさ、遊菜、早速だけど、ドルフィンキックでハーフラインまで行ってみて。たぶん、違いがすぐわかるわ」
「うん、ほなやってみんで」
そういうと、軽く水中に潜り、壁を蹴ってドルフィンキックを始める。それを水中から見る私。
遊菜のドルフィンキックは、イルカのようにしなやかにはいかないけど、それ以外は違和感もなく、すーっと進んでいる印象だ。
下手に膝を曲げるとか、抵抗になることは何ひとつしていない。
あっという間にハーフラインを超えて、遊菜は軽く流して、ある程度勢いがなくなったところで立った。
「じゃあ、今度はそこからバタ足でこっちに帰ってきて」
「何の意味があんの?」
「ええから」
不思議そうな顔をして、今度は床を蹴って戻ってくる遊菜。
「はい、泳いだけど」
「じゃあ、手で示してほしいんだけど、さっきのバタフライの足の動きはどうだった?」
「こうじゃないの?」
水中で腕を少しだけうねらせ、手の甲で強く水を押す遊菜。
「じゃあ、バタ足の動きは?」
「こうやろ?」
今度は両手の高を下に向けたままだけど、手首を柔らかくして上下交互に動かす。
手を水面ギリギリに持ってくるとき、水が手のひらから押し出され、ちょっとだけ盛り上がる。
「じゃあ、最後。両手をそろえたままさっきの動きをするとどうなると思う?」
「えっと、こう?」
まだ上手く理解できていない遊菜は、両手でどうにか動きを作ろうとする。そして、手をそろえたまま3回くらい水中で手首を柔らかく上下に動かしたとき「あっ」と一言上げた。
「まさか、これだけなん?」
「そっ。それだけ。理屈は簡単やろ?」
「リカバリーするだけじゃなくって、それも推進力に変えるんや」
「できるようになるまでちょっと時間はかかるけどな。でも、できるようになったら強いと思う。ただ、太ももの筋肉で足を動かすから、太ももの筋肉は相当鍛えなあかんで。まぁ、練習してたら少しくらいはつくと思うけど。あと、コツとしたら、あまり大きく動かさず、バタ足みたいに小さく細かくかつ、ひとつひとつを強烈にキックすることを意識することかかな」
「なかなかハードなことを……。でも、速くなれるんやったらやるしかないやろ。その前に、咲ちゃんのお手本を見せてほしいな。さすがにわからんまま行くのはさすがに恐いわ」
「そうやね。とりあえず、50だけ泳ぐわ。フリーのほうがいい?」
「どっちかと言うと。参考にしたいだけやから」
了解。そういって軽く潜り壁を蹴りスタートする。
さすがに、いろいろと衰えているから、スピードをキープすることはできない。現役のときなら、お手の物だったんだけどなぁ。
そんなことを思いながらクイックターンをして戻る。
「なるほどね。そういうことか」
たった50メートルで私の泳ぎを理解した遊菜。さすがに時間がかかるだろうなとは思っているものの、月末には自分のものにしていそうな気がする。
でも、わたしも今思ったんだけどね、あまりドルフィンキックでスピードが落ちた気がしなかった。なんていったらいいんだろう、さすがに落ちはするんだけど、調子はむしろいいように感じたくらい。たぶん、疲労とかがなく、機嫌がいいからだろうなとか思ったり。
「直ちゃん、うち、強化したいところあるから、昼からは1人でやるわ」
「おう、わかった。ほんなら1人で行くか」
そういうと直哉は、私が渡したメニューの紙をビート板に貼り付けて確認しながら泳ぎだした。




