Episode 114 Naoya side 招かざる客
結局俺らは2人、時間ギリギリまでメインプールでアップをして、ジャージを着てから美咲のところに戻る。
「お疲れさん。調子はよさそうやな」
戻るなり、美咲が声をかけてきた。
毎度思うけど、上からでよく俺らのフォームと調子がわかるよな。と思いつつ一応、美咲に言葉を返す。
「おかげさまでな。ケーピーにしんたはわざとか?」
「ちょっとばかしな。昨日の泳ぎ見とっても、ちょっと重そうにしてたし、最初の100もちょっと重そうにしてたから、ちょっとだけ重点にやろうかなって思っただけやわ」
そうか。それなら納得やな。
やっぱり美咲はいろいろ考えてくれてるわ。
考えすぎかもしれんけど、マネージャーやコーチの中で一番の動きをしてくれてるんちゃうかなって思う。
「“EDDE”もわざとやろ?」
「当たり前やん。昨日までずっとワンウェイのスプリントダッシュしててんから、ターンの感触も確かめといてもらわんと、タイミングが狂ってタイムを落としたらもったいないわけやし。ミドルとかロングのレースやるんやったら、ええかなって思うけど、さすがにコンマ以下も争うからな」
まぁ、それもそうか。と思いながらも、自分のバッグの中からドリンクを手に取り、一気に飲み干す。
疲労回復用というわけとはちゃうけど、すっきりするこの飲み物は、やっぱり飲みたくなる。
「ほんまそれ好きやな。しかも、ご丁寧に小分けして」
「一応、日数分は持って来てるからな。余分に1本だけ持って来てるけどな」
「それは知らんけどさ。とりあえず、ダッシュの時、1本測らせてもらったけど、昨日の1秒落ちくらいかな」
「そんなもんか。まぁ、それもそうやろうな。それくらいが出てるんやったらええわ。とりあえず、サブで身体動かしてくるわ。メニューってあるんか?」
「もち。これな。まぁ、時間で飛ばしたりしてもかまへんけど、一応、2時間ほどでできるようなメニューを送んでるわ」
そう言いながら美咲は俺に向けて1枚のルーズリーフを渡してきた。そこには少し緩めのメニューが書かれていた。
「また派手に掻いてくれてるな。ツーフォーフォーで括弧書きしてハーフ単位で“EDDE”って。まぁ、中盤粘れよってことなんやろうけど」
「まぁ、2人に限らんけど、ハーフからサードクォーターまで若干落ちるからな。意識するようにってことで。まぁ、1フリで見るんやったら、そこまでいらんとは思うけど、結局真ん中の100がダッシュになるから、粘り切ってねってことで入れてるから」
美咲の考えることはかなり的を得ているからなんとも言われへんときがあるよな。やから、ここはちゃんとこなして、レースに臨む方がよさそうやな。
そんなことを考えつつ、また階段を降りて行って更衣室に向かう。
ここで、練習用のウェアからレーシングウェアに着替え、身体を冷やさないようにサブプールで泳ぎ続けることになる。
さすがにこのタイミングでレーシングウェアに着替えとかな、あとが間に合わへんかもしれへんからな。そんなことで招集漏れして棄権なんかになったらもったいなさすぎるしな。
そんなことを思いながらレーシングウェアに着替えると、サブプールの入り口で大神を待つ。
さすがに俺一人で先に泳いでもええんやろうけど、あのちっこいのがうとうとして俺を探してんのもかわいそうやしな。とか思いつつ、たぶん、5分くらい待ったんちゃうかな。
ルンルン気分の大神がサブプールに入って来て、俺に気づかへんまま俺を探して、プールサイドを歩いていく。
ちょっとその姿は、親を探している犬みたいでちょっとおもろかったけどな。
「どこ探しとんねん」
そう声をかけると、騒がしい場内の中でも、俺の声はしっかりと聞き取れるのか、1回声をかけただけで俺の方を向いた。
「そっちにおったん?もう泳いでると思っとったわ」
「アホか。こんな中で泳いだら、お前が探しきらんやろうが」
「まぁな。その自信はあるわ。やけど、ゆったり泳ぐフォームでわかると思うけどな。それに、直ちゃんがマジで泳いどったっとしても、人とフォームがちゃうから一瞬でわかるけどな」
まぁそうやろうな。とは思いつつも口には出さず、プールの反対側を見る。
しっかりとサブプールもワンウェイ50もある。それを美咲は知ってたんかはわからんけど、クォーターメニューがないから、たぶん、スタート台からのダッシュは想定してないみたいやな。
まぁ、時間があるんやったら、ちょっとくらい飛んでええかなっては思ってるけど、まぁ、そこはええか。飛んで変にバランスを崩すのが怖いってのもある。
そんなことを思いながら、一番空いているコースに入って、美咲からもらったメニューをこなしていく。
いつかの夏に比べたら今日は本当に楽。あの時は美咲からとんでもないメニューを提示されとったからな。
そう考えたら今日は相当楽な方。そんなことを思いながら、メニューをこなしていき、ゆっくりすることを考える。
ただ、そんなことをさせてくれないのか、1人の邪魔が入った。
どこか不穏な空気が漂い始めるサブプールでのアップタイム。
何ごともなければいいのですが……。




