Episode 105 冠を取った翌日
結局遊菜はいろいろ疲れていたようで、メッセージを返信している間に寝落ちした。たしか、結構早い時間だったと思う。
私は鷲で、遊菜に比べたら少ない数のメッセージを返信しきって、ベッドでゆっくりと寝た。
そして、朝は5時。いつも通り、スマホのアラームで目が覚め、頭をすっきりさせたいがために、普段はしない朝シャワーで目を覚まさせる。
シャワーで目覚めた頭でベッドに戻ると、遊菜が物音で目を覚ましたのかわからないけど、ちょこんとベッドに座っていた。
「遊菜、おはよ」
「うん。おはよ」
そういう遊菜に覇気がない。どこか上の空。
朝だからってこともあるのか?
「咲ちゃん。うち、半フリで優勝したんやんな?」
唐突に意味の分からないことを聞いてくる遊菜。よく顔を見れば、視線は私じゃなく、ホテルに戻った時、長浦先生から返してもらった賞状の方を向いていた。
実感がないってことか。もしかして、アドレナリンが切れたとか何かかな。なんて軽く考えていたけど、遊菜はそれ以上に不思議がっていた。
「せやで。遊菜が女子の半フリ優勝したんやで。そんなに信じられへん?」
「せやねん。いくらなんでも、シンデレラストーリーすぎるやろって」
まぁ、そう思うのも仕方ないのかもね。いきなりジャンプアップしたって言っても過言じゃない。
私だって驚いているけど、でも、なぜか私の方が受け入れられている。よくわからないけど。
「やけど、今日は見られる目が変わるかもしれんな」
「それがちょっと嫌やねんな。昨日も着替えてるとき、変な目で見られとったし。正直、今日はやりにくいかもしれんな。やけど、やれること全部やるつもりやし」
少しだけ遊菜はふわふわした空気から戻ってきたみたいで、少しだけ目の奥が燃えているようには見えた。
「ほんなら、いつも通り、散歩行こか」
「ついでに朝ごはんも買いたいしな」
身体を動かすために朝から散歩してどんよりとした雰囲気を切り替えているらしい。
学校のある日はそんなことできないらしいからしてないんだけど、レースのある日はたいていそうしているらしい。
それは、千葉に来てからも変わらないみたいで、ここ3日、毎朝散歩している。
「う~ん!やっぱり気持ち~。真夏の早朝はまだ歩きやすいな。昼間とかやったら暑すぎて歩かれへんで」
大きな伸びをしながら遊菜は、のんびりと街を歩きながら、目を覚ましている。
これに付き合うのもありだな。なんて思いながら、ちょっとばかり暑い。私は朝早くに起きているから、身体はしっかりと目覚めているし、頭もすっきりしている。
そこから40分くらい歩いたのかな。途中でUターンしたけど、それくらい歩いた後、昨日も来たパン屋さんに到着。
何個かパンを選んだ後、お会計をしてからホテルに戻る。
遊菜の至福のひとときは、このときらしい。
その気持ちはわからなくもないけど、幸せそうに自分が選んだパンを食べる姿を見ていると、ちょっとこっちまで幸せそうに感じてしまう。
「やっぱ、出来立ては最高やね。これが食べたくて、早起き頑張れるしな」
それがお目当てなのかってところもあるけど、まぁ、それもいいだろうね。
朝ご飯を食べた後、すぐに会場に行く準備をして、直哉とフロントで合流する。
「おはよ。今日の調子はどないよ」
「おう、おはようさん。調子?まぁええんちゃう?昨日の今日やし、早々変わらんけど、しいて言うんやったら、頭が回ってへんだけちゃう?」
そういう直哉の口調はいつもと変わらないし、しゃべりながら大きなあくびをするところも何一つ変わらない。いつも通りだ。
そんな直哉を見て、私は今日もやってくれるだろうなって直感した。
そして、今日も電車に乗り、たった10分。すでに何校か集まっている姿をみるのも慣れてきた。
ただ、私たちは決勝に出ようと出なくても、明日の朝には大阪に向けて足を向けている。こうやって、新鮮な空気に触れるのも、今年は今日が最後だろう。
直哉と遊菜には、後悔の残らないように全力を尽くしながら楽しんでもらいたい。
「遊菜には言うたんやけど、たぶん、今日からは2人、見られる目はガラッと変わるで。それだけは注意しぃや」
「あぁ、そういうことか。なるほどな。俺らが無名の2組から下剋上下して優勝したからか。まぁ、あんまり気にせんようにはするけど、どうなるかやな」
「遊菜もどうなるかってところやけど、幸いにも宮武選手という後ろ盾がおるからどうにかなるんちゃうかなって思ったり」
「後ろ盾って。でも、宮武選手は今日の1フリには出ぇへんねんで。簡単に言いなや」
「でも、無視してたらええだけの話やろ?どうにでもなるって」
正直、どうだろうな。と思いつつも、これだけのんきって言うか、何も気にしてない遊菜がいつも通りって感じ。
これだけいつも通りを貫けるってことが凄いよね。私だったら、周りの視線ばっかり気にしているような気がしている。
あと、緊張でどうにかしているかもしれない。
そんなことを思いながら、開場の時間まで少しだけ待って、開場された後は、昨日と同じような場所を取りに行く。
「相変わらずやねんな。ここを取るって言うのは」
「まぁね。そうやないと、あまり状態も客観的に見られへんし。それに、強豪校の席取り合戦に巻き込まれたくないし」
「お前もいつも通りやな。よっしゃ、とりあえず行きますか」
「せやね。やっぱり場内入ってきたらテンション上がって来てしゃあないわ。はよ泳ぎたいわ」
遊菜は遊菜でテンションが上がり切ってしまっているから、ちょっと気を付けないといけないかもって思うところ。
そんなことを思いつつも、遊菜は、いつものように自分の荷物を持つと、直哉と一緒に階段を降りていく。
その姿を見てからプログラムに視線を落として、平常心を保とうとするけど、やっぱり、遊菜と直哉はいつも通りなんだなって思ってしまうけど、私の心中は穏やかじゃない。むしろ、昨日より、私の心臓はバクバクと言っている。
「かなり不安そうな顔をしているのね」
そんな声が聞こえてきたと思って、顔を上げると……
ここで誰かが来たようです。
誰が来たのでしょう?(だいたいわかりますか……)




