Episode 102 Misaki side申し子は困惑
「でも、うちがひとつ言えるのは、できるだけ抵抗の少ないフォームを身につけること。だけです。例えるなら、パワー5,抵抗3と、パワー4、抵抗1だと、有利なのは後者ですよね?うちは、その理論で練習メニューを組んでます。ただ、重要なんは、フォームのことを容赦なく指摘できる人。その人がいないと、うちが作るメニューは成立しません。それに加えて、正直、ぱわー系の宮武選手に合うかどうかはちょっと……」
ただでさえ、私のメニューはフォームチェック優先。それにちゃんと指摘する人がいなければ、成立しない。
直哉と遊菜の場合は、素直でただただ早くなりたいから。という理屈で私の言うことを聞いてくれているだけ。
宮武選手が師事をお願いしているコーチにそんな人がいるのか、はたまた、学校の部活でそういうことを言ってくれる人がいるのかどうか。それで大きく変わるだろう。
「たしかに、そう言われたら私も不安になるわね。最近の私は、みんなから気を使ってもらっているわね。コーチもそうだし、周りで一緒に練習しているほかの選手もそうだし。最近はどうやったら、パワーが生かせるフォームばかり海外の動画を見て研究しているから、パワー系って言うのも認めるし、私には難しいのかな」
なんだろう。今の宮武選手なら、私のメニューくらいなら意図も理解して練習してくれるような気もしている。
試しに、直哉たちのタイムが載っていないページのメニューを見せてみる?それで意図を理解してくれたら大金だろうけど。
「……よかったら、ノートを見ます?宮武選手が困惑せぇへんかちょっと怖いところはありますけど」
「いいの?見せてもらっても。っていうか、どんな練習しているのか気になっていたから、見せてもらえてありがたいわ」
そう言いながら、キラキラしためを私に向けてくる。
どうやら、視線が私の顔よりも、チラチラとノートを見ているのはそのせいだったか。と妙に納得した。
そして、私が持ち歩いているノートを渡すと、ペラペラと捲るたびに、徐々に顔が真剣なものから困惑の色に変わっていく。
「ほんとにこれだけ?」
たぶん、泳いでいるのは、練習量のことだろう。
私が作るメニューは、フォームチェックが多い分、どうしても、トータルで泳ぐ距離に関しては少なくなる。それに関しては多少仕方ない。量より質だ。そうおもって、うんと中身が濃いメニューを組んでいるつもりだ。
「他にプールを借りて泳ぐときはその下に書いてますし、それでも1日に5000も行けばいいと思いますよ。その分、土日はちゃんと10000を超えますし。たぶん、宮武選手からしたら、緩すぎるかもしれないですけど」
「なんていうか、私からすれば、緩いってレベルじゃないのよ。私の1日が8000だからさ。こんなに泳がないんだって思っちゃって」
「しかも、2時間ちょっとで、ですからね」
そういうと、宮武選手はまた視線をノートに落とし「ほんとだ」と呟いた。
「これが強さの秘訣?どうなんだろう。わからなくなっていた。……ありがとう。参考になったわ。それじゃあ、そろそろ自分のチームに戻らないとさすがにまずいから、またお話しさせてね。あと、あの子たち、もう1種目は何に出るの?」
「遊菜と直哉ですか?遊菜も直哉も明日の1フリに出ますよ。宮武選手も1フリですか?」
「ううん。そっか。1フリか。私もそっちにすればよかったな。私は明後日の1バタ。レースが終わった瞬間に中国へ飛び立って、そのままパンパシに出る予定。ちょっと慌ただしいスケジュールだけど、私が望んだことだしね。どれだけ過密スケジュールで泳いで、タイムがどれくらい出るかってのも若いときに経験しておきたいし」
「そうなんですね。無理せずに楽しんできてくださいね。一番は、結果が伴うことでしょうけど」
「そうね。結果を追い求めすぎて楽しめていなかったところもあるし、次のレースはどうにかして楽しんでみることにするわ。ありがとうね。で、遊菜ちゃんにもよろしくね」
宮武選手はそういうと、スタスタと会場の中へ入っていった。
……あっ、サインもらうの忘れた。もったいないことをしちゃった。次、いつ会えるのかわからないのにさ。
やらかしたな。なんて思いながら、意外と出てくるのが遅い直哉たちを待った。




