Episode 99 Yuna side 申し子からの祝福
……ほんまにやったんよな。
うちがインターハイで女子の半フリを制したんよな。しかも、大会記録を更新してさ。
まだなんていうか、賞状と副賞のぬいぐるみをもらって更衣室に戻ってきたけど、まだなんか実感が湧かんのよね……。
「賞状貰ってもまだ優勝したって言う実感が湧かないのかしら?ずっと上の空で心ここにあらずって感じだけど」
「うぉっ!ビックリした~」
唐突に後ろから声をかけられたらあかんね。思わず声が出ても歌。
まぁ、いきなり後ろから声をかけられたら誰でもびっくりするか。
そんなことを思い、後ろを振り返る。
「あっ、宮武選手か。お疲れ様でした。たしかに、まだ実感が湧けてへんってのが本音ですね。インターハイに出られたってだけで夢みたいことやのに。決勝に出て、優勝して、挙句の果てには、大会記録を更新して。まぁ、本音を言うたら、自分のタイム、把握してへんからなおさらなんですけどね」
「確認してないの!?それは実感が湧かないわけだ。何で見なかったのよ」
「あ~。なんていうか、インタビューのときにも言うたんですけど、タイムとか順位とかあんまり気にしてへんくて、自分が楽しかったらそれでええわって高校に入ってから思いだして気にせんくなったんと、うち、目が悪いんです。ほんで、度の入ってるゴーグルしてても、後ろを振り返ったらぼやけてなんも見えへんし、自分のタイムもわからんし。なにより、招集の時に周りの視線が気になるからって、度の入ってへんゴーグルに変えたけど、何も変わらへんやろうから、試しにやってみるかってなって、度なしのゴーグルで泳いでたんです。やから、予選のタイムも直ちゃん……男子の優勝者に聞きましたし、決勝のタイムもこの後聞きに行こうかなって」
そういうと、宮武選手は、あんぐりと口を開けて、時が止まったかのように動かなくなった。
「どないかしました?」
「あっ、いや。あなたのスケールが私と比べ物にならないなって思っただけ。度なしゴーグルって、ほとんど見えないんじゃないの?」
「わざとですから。それに、うちかて、初めてのレースやないし、ぼやけるけど、レーン台の数字と色くらいは見えるわけやし、泳ぐだけやったら問題ないですよ」
「とんでもなく強気と言うか、大胆不敵ね……それでなんだけど、少し聞きたいことがあるの」
そこで一度言葉を切った宮武選手。やけど、そこから意外な言葉を続けてきた。
「あなたが速くなった理由が何なのか教えてくれない?正直、今の私、スランプでどうやっても速くならなくてさ、決勝の前のあの男の子に言われたんだけど、素人の言うことなんて。って思って無視してたの。だけど、その子の考えを守って泳いでる2人が高校記録も大会記録も更新しちゃうんだもん。こんな結果を見てしまえば、素人でもいいから教えてほしいって思ってる。今の私は、どんな些細なアドバイスでも藁にすがる思いよ」
そういえば、直ちゃんから「宮武選手はスランプみたいやから、いつも通り楽しんでいけば勝てるで」みたいなこと言われた気がする。完全に聞き流してただけやから忘れとったけど、そんなこと言うてた気がする。
「う~ん。なんでしょうね。正直なこと言うたら、宮武選手に合うかどうかわかりませんけど、練習もハードな時はあるけど、基本的に練習の半分ばフォームチェックに費やしてるし、マネージャーから、動きがおかしいとすぐに止められて、フォームを確認させられたりってな感じで、抵抗の少ないフォームを固めてましたから。そのおかげとちゃいますかね」
「抵抗のないフォームを固める……。そういえば、そんなこと考えたことないわね。いつも、どうやって効率よく力の伝わるのかばかり考えてフォームを研究していたわけだし。冷静に慣れている今の頭で考えたら、確かに、力の伝わるフォームで泳いだとしても、そこに抵抗があれば進みにくいよね。なんでそこまで考えんられなかったんだろう。もしかしたら、そこで差がついたのかな」
いろいろ深く考えている宮武選手。やけど、うちも言われるがままにやってきただけやから、なんもアドバイスができひんってのがあんのよね。ちょっともどかしいけど。
「抵抗のないフォームね。ありがとう。参考にしてみるわ。楽しんでみるって言うことと一緒に」
宮武選手はそう言うと、先に自分は着替えて、更衣室を出て行った。
なんていうか、トップの選手も大変なんやなって思った瞬間であったかな。うちにとっては。
……待って。うち、シャツの下、レーシングウェアのまんまやん。なんか身体が締め付けられてるなぁって思ってたけど。
とりあえず、はよ着替えて、咲ちゃんのところに戻らな。ほんでから、喜びを分かち合って、明日の活力にせんと。
そこから丁寧にレーシングウェアを脱ぎ、身体に着いた水滴をタオルでふき取り、いろいろ身に着けてから咲ちゃんのおるところに戻る。




