表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルは水花火  作者: 田作たづさ
ハルは水花火(番外編)
14/26

という悪夢を見たんです!

ヤンデレ警報発令中 ご注意ください

(ともり)さん、これを書いてもらえますか?」


 花織(はなおり)さんは、ダイニングテーブルにA3の紙を置いた。私はショートケーキを食べる手を止め、フォークを置く。


「……婚姻届?」


 私は花織さんの顔を見上げた。彼は微笑みながら頷ずき、対面の椅子へと腰掛ける。


「僕にとって灯さんは唯一無二なので、早く結婚しちゃいたいなと思いまして」


 結婚して逃げられないようにしたい……と聞こえた気がする。


 私はティーカップに入った紅茶を1口飲んだ。先程まで美味しいと思っていたのに、今は全く味がしない。


「いやでも、お付き合いしてから2週間しか経ってませんし……」

「灯さん」


 花織さんは笑みを深めた。


 あ、まずい。まずい。


「他に気になる相手がいますか? いや、それはないですよね。それなら、これからもっと良い人が現れるかもって思ってます?」


 花織さんは立ち上がった。そしてゆっくりと、私の方へ歩みを進める。私は寒気がして、たまらず目の前の紅茶を一気に飲み干した。 


 花織さんは私を背後から優しく抱きしめた。


「そんな人はこの先絶対に現れません。灯さんをたぶらかす悪い虫は、僕が全て処分しますから。だめですよ。よそ見は許しません」


 彼は私の耳元で囁いた。


 どうしよう。ヤンデレスイッチ押しちゃった……。


「いやその、私だって花織さんのこと大好きですし、他の人なんて考えられませんよ! ただ……」


 私は婚姻届を上から下まで眺める。


「あ! そうそう! 私、自分の本籍が分からないんです。それに父の名前が自信なくて。漢字が旧字体だったような、そうじゃなかったような。うーん。と、とにかく今は書けません!」


 花織さんはクスッと笑って、私から離れた。かなり苦しい言い訳だったが、信じてくれたのかな?


「灯さんがそう言うと思っていました。これをどうぞ」


 花織さんは私に茶封筒を手渡した。私は中身を確認する。


「これは……」

「戸籍謄本です」


 こせきとうほん。それは本籍も父の漢字も分かる完璧な書類だった。私は絶句する。


「安心してくださいね。ちゃんと正規のルートで入手しましたから」


 こういった書類は誰でも発行できるわけではない。本人や家族などに限られているはずだ。……家族?


「ま、まさか両親に会ったんですか?」


 花織さんは微笑んだ。花が咲いたと錯覚させる、美しい微笑み。


「えぇ、ご挨拶に伺いました。灯さんの夫になるわけですから。ついでに灯さんには今後一切関わらないと、約束もしてもらいました」

「あ……え……その……」


 私と両親が不仲なことを、花織さんにはまだ伝えていない。もちろん実家の住所や、連絡先も伝えていないのに……。

 

「やっぱり花織さんは、私の手には負えません! この猛毒持ちめ! ヤンデレめ!」

「まあまあ、そう言わずに。さあ灯さん、諦めて婚姻届書きましょうね」


 私の精一杯の抗議を、花織さんは軽く受け流した。そして彼は私にペンを握らせる。


「おや、手が震えていますね。大丈夫ですか?」


 こ、怖い。花織さんの愛が怖い。この人は大魔王に違いない。


「灯さんがちゃんと文字を書けるように、僕の手で支えておきますから」


 彼の大きな右手が、私の右手を覆う。そしてゆっくりと、婚姻届に促される。今の私は、まるで花織さんの操り人形だ。


 眩暈がする。どうしようもなく眩暈がする。あれ、意識が……。


 私の意識はぷつりと途絶えた。


 ────────

 ─────

 ──


「という悪夢を見たんです!」


 私はどんなに恐ろしかったかを、身振り手振りを交えて花織さんに力説した。説明を終えて満足したので、私はソファーに勢いよく腰掛ける。花織さん家のソファーは上等品だ。ふかふかで気持ちが良い。


「それはそれは。怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」


 夢に出てきたものと全く同じダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた彼は、眉尻を下げた。


「いえいえ! 夢の話ですから! こちらこそ花織さんを激やばヤンデレにしてしまい、申し訳ないです!」


 それにしてもリアルな夢だった。どうしてあんな夢を見てしまったのか。後で夢占いの本を読んでみようかな。


 花織さんは私の隣に座った。そして私の髪を指先でかき上げ、耳にかける。


「ちゃんと消したはずなんですけどね……」

「!?」


 私はソファーからエビのように飛び上がり、花織さんから距離をとった。彼の手が届かない距離に。


「どうしたんですか? 灯さん」


 花織さんは、いつも通りの優しい微笑みを浮かべる。彼が1歩私に近づき、私は1歩後退りをする。それを何度か繰り返す。


「その後のことも思い出しました?」


 その後があるの!?


「その反応だと、まだ思い出してはいないんですね。あの後意識を取り戻した灯さんに、婚姻届を書いてもらったんです」


 私書いちゃったの!? 当時の私は諦めたのかな。うん、諦めたんだな。全く思い出せないけど。


「でもまだ提出はしていないですよ。あなたが余りにも落ち込んでしまったので。強引に話を進めたことを、今は反省しています」


 花織さんは私に近づく。私は後退ろうとしたが、背中が壁に当たった。首筋を冷や汗が伝う。


 このままだとまた記憶が消されちゃう。とにかく何でも良いから時間稼ぎがしたい。彼の気を引ける話題はないか? 私はあてもなく周囲を見渡す。なにか!! なにか!!


「あ! 花織さん! き、聞いてください!」

「なんですか?」


 花織さんは立ち止まった。


「プ、プロポーズが先だと思うんです!」

「え? なるほど。確かにその通りですね」

「で、ですよね!! 一生に一度のことですし、各種イベントを飛ばしちゃうのは勿体無いですよ!!」


 花織さんは何故か嬉しそうに微笑む。


「灯さんの理想のプロポーズは、サプライズでロマンチックなものですよね?」


 私は首を傾げる。確かにその通りだが、そのことをいつ伝えた?


「……もしかしてっ!」


 私は逃げようとして咄嗟に後ろを向いた。しかし残念ながらそこは壁だ。どこにも逃げ場はない。


「灯さん。あなたは本当に可愛いですね」


 花織さんは夢と同じように私を背後から優しく抱きしめた。夢と違うのは、彼の右手が私の目元を覆っていること。いや、正確にいえばあれは夢では無いのだが……。


「前にもあなたは同じことを言いましたよ」


 花織さんは私の耳を甘噛みした。私の心臓が跳ねる。くすぐったくて身を捩るが、全く逃げられる気がしない。優しく抱きしめられているはずなのにおかしくないか。どうしてなんだ。


「思い出せませんか?」


 どこからか花のような甘ったるい香りがする。


「あ……」


──まずはプロポーズが先だと思うんです! そのプロセスを飛ばして結婚なんて嫌です! 婚姻届役所に出したら許しません! 花織さんのバカバカバカ! え? どんなプロポーズが良いかって? やっぱりサプライズですかね〜。ロマンチックで一生記憶に残るやつです!──


「灯さん、あなたがこの会話を覚えているとサプライズに支障をきたすので、どうか忘れてください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ