灯は野球好き
「あの……もし良ければ。もし良ければなんですけど、一緒に野球を見に行きませんか?」
夕食中、何の脈絡もなく灯さんは言った。
「え? プロ野球ですか?」
「そうです……。私の応援しているチームの試合が近くであって。今回はビジターなんですけど……」
彼女は先程まで、僕の作った料理を幸せそうに食べていたのに。今は緊張したような、不安そうな顔をしている。
「灯さんは野球が好きだったんですね……」
知らなかった。灯さんとお付き合いを始めて数ヶ月。彼女のことは何でも知っていると思っていたのに。
いや、そういえば……。彼女は新聞のスポーツ欄を必ずチェックしていた。しかも野球のシーズン中だけ。それに先日、マジック42……と寝言を言っていたじゃないか!! なんてことだ!! 沢山ヒントはあったのに!!
僕は自分の不甲斐無さに絶望した。
「私なんてファンとしてはまだまだです!」
灯さんは照れくさそうにはにかんだ。
可愛い。この人は天使だ。絶対に。
「野球は詳しくないですが、それでも良ければぜひ」
僕の返答を聞いて、彼女はパッと笑顔になった。
「うわー! 嬉しいです! とりあえず花織さん用のレプリカユニフォームを買わなきゃですね!」
◇◆◇
「今日晴れて良かったです! 球場なんで雨降るとずぶ濡れなんですよ」
「わー! 花織さん! この席選手に近くないですか! 表情まで見えそう!」
「あれ売り子さんですよ! 背中のビール凄く重いのに、笑顔で凄いな〜!」
「ファールボールこっちに飛んで来ないかな。推しのボールなら当たっても痛くないと思うんです!」
「3点ビハインドか〜」
「へー、押し出しで3点返した。向こうの投手に救われましたね」
灯さんはずっとウキウキしていて、その目はキラキラと輝いている。こんなにはしゃぐ灯さんを見るのは初めてだ。なんと可愛らしいことか。
僕は球場の写真を撮るふりをして、彼女の横顔をカメラに収めた。
「あ、1点入れましたよ! 次押さえれば勝ちです! 頑張ってー!!」
彼女はぎゅっと目を瞑って、祈るように手を組んだ。そのような姿も可愛らしい。
もう一枚写真を撮っておこう。
「本来のあなたに戻ってくれて良かった……」
彼女の写真を見ながら呟く。
無邪気で素直な、優しい灯火。
小さな火だが、とても温かい。
「……? 花織さん何か言いましたか?」
「いいえ、なんでもありません」
しかし、この灯火はとても繊細だ。
雨や風によって、すぐに消えてしまう。
だから誰かが守ってあげないといけない。
「絶対に……僕が……」
僕は灯さんの真似をするように、手を組んで目を瞑った。
そして祈る。
このような幸せな日々が、ずっとずっと続きますように。




