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ウサギとカメのリベンジマッチ

作者: 雉白書屋

 むかしむかしのはなし。ええ、ご存じの方も多いとは思いますがウサギとカメがおりまして、二匹は競争することに……とそんな話、決して彼の前ではしてはなりません。なぜなら彼は……


「どうも、こんにちは」


「……なんだよ」


「あなたがあの有名なウサギ様のご子孫様で」


「……おい、言葉に気を付けるんだな」


「お気に触ってしまったのなら申し訳ございません。ですが私、むふっ、耳寄りなお話をもって参りました次第でございましてはい」


「ふん、おれを見つけたことは褒めてやるが、なんだろうと聞く気はないね」


「よろしいのですか?」


「なにがだ?」


「あなた様のご先祖のウサギ様はカメに負けたことで、他の動物たちから馬鹿にされ、さらに同族からは恥晒しと忌み嫌われ、それでもどうにか血を絶やさぬようにと愚鈍な頭のメスを捕まえて、と失礼。むふっ、愚鈍などと……」


「ふん、愚鈍なものか。頭が良かったからこうして今もアンタと会話ができているんだ」


「ええ、ええ、ごもっとも。それで一方のカメはと申しますと……まあ、おわかりですよね。英雄、英雄。鼻高々首長々ペニスムクムク――」


「おい、おれを胸糞悪くさせに来たんならそのケツを蹴り上げてやるぞ」


「おお、おお、これは失礼しました……。ですが、そこでですよ。あなたの汚れに汚れた汚名。これをゴシゴシ濯ぎ、鬱憤屈辱、空まで晴らし、白シャツ着て堂々と歩くにはどうすればいいか。そう、リベンジマッチです! 世紀の一戦! これは大注目ですよぉ」


「おいおいおいおい、盛り上がってるとこ悪いんだけどよ。はぁ、あのな。言ってもウサギとカメだぞ? 単純な競争ならこっちが勝つのは向こうも重々承知。昔、向こうが勝てたのは奇跡も奇跡。こっち側に油断があったからだ。だがリベンジマッチとなれば油断するはずもなし。負けることがわかっていて受けるわけないだろそんな勝負はよ」


「確かにごもっとも。しかし、醜聞は消えませんが、名声はそういつまでも残るものではないのです。あの伝説のカメの子孫といっても今は昔ほど豪勢な暮らしはしておりません。先祖の武勇伝を語ればそれなりにお金は入るかもしれませんが、過去の栄光に縋り、振りかざすというのは中々に恥ずかしいものですからね。自重しているようです。尤も、何代か前に競争し、注目を集めようとしたことがあったみたいですが、その相手がカタツムリやダンゴムシなど、勝てそうなものばかり。結果はお察しですな」


「つまり、もう一度ウサギに勝てば、と向こうにもうま味があるというわけか」


「ええ、交渉はお任せください」


「だがなぁ……」


「おや、まだ何かおありで?」


「いや、さっきも言ったがこっちが勝つのは当たり前なんだ。見てるやつら、客も盛り下がるだろう。いや、それどころか馬鹿にされるに決まっている。なにカメに勝ったぐらいで喜んでんだとな。なんなら昔のことをずっと引きずってたのかよって笑われるよ」


「ほほう、ずいぶん後ろ向きのご様子。それでは競争しても逆走してしまうかもしれませんねぇむふふ」


「おい、おれを馬鹿にするなと言っただろう……」


「これは失敬。それでですがね。ご安心を。双方にサポートチームがつく予定でして」


「ほう、それでカメのやつも、おれに対抗できると?」


「ええ、ええ、その通りでございます」


「ふーん、本当にそれでいい勝負になるならいいが……いや、それだと……うーん……」


「おや、今度は自信をなくされてしまいましたか。ですがご安心を。何を隠そう、私めがあなたに与する側でして、ええ、とっておきのものがあるんですよ……」


「ほう……」 


 と、ウサギとカメ。双方合意し、またお互いにそれとなく警戒していた妨害行為もなく来たる決戦の日、両者準備万端。スタート位置に着いた。


「では、位置に着いて。よーい……ドン!」


 と同時に出走。やはり前に出たのはウサギ。真っ赤に光る目が夜を走る車のテールランプのように残像を残し、風と同化し走る走る。やはり先祖の宿願というものを意識せざるを得ない。絶対に負けるわけにはいかないと気合十分。

 一方のカメ。こちらも凄まじいスピード。とはいえ、やはりウサギを先頭に二匹の差が開いていく。

 さて、ウサギ。ちらと後ろを振り返りはするも油断なし。そのまま走り、走り、やがてゴール目前。

 ここでまさかの大敵、睡魔が……訪れはしなかった。ここ数日は見る影もなし。彼に注射された薬は彼に眠ることを不要と断じたのだ。しかし、これは果たして宿命なのか、先祖の呪いなのか。彼はゴールテープを見た瞬間、ふわりと訪れたその安らぎに気を許し、緊張の糸がプツンと切れた。

 ゴール手前、地面に抱き着くように倒れた彼の充血した目からはこの大地を赤く染め上げるのではないかと思わせるほど血液が際限なく溢れ出て、彼にあの冬の孤独を、あるいは天敵の見入られる恐怖を感じさせたのか茶色の毛は見る見るうちに真っ白な装いに。

 一方のカメはゴールその手前。肥大化した心臓が甲羅に亀裂を走らせ、無口な彼の代わりとばかりにピキピキと鳴かせたあと爆散。勝負の終わりを告げる空砲のようであった。


 

「と、いかがでしょうか長官。ウサギに投与した、わが社の薬は」

「いやいや、カメに使用したわが社のものこそ、是非」


「うーむ。いや、どちらも兵士に投与するには少々、いや、大分懸念が……」


「ええ、もちろん。ですが彼らの子孫はまだまだおりますゆえ、むふふ負けませんよ。浦島社さん」

「人体の前に動物実験は欠かせませんからねぇ。こちらも負けませんよ。タヌキ社さん……」

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