恋ワズライとルームシェア⑥
嫌な夢をみた。
今年の夏の夢。誰もいない弓道場。青く澄んだ空と入道雲。胴着と袴が暑くてたまらず、額の汗がこめかみを伝ってきて煩わしい。
ひとり早く来て自主練習をしていた俺の矢がスパンッと的を射った時、「柊木君」と声を掛けて来た桜羽結花。
俺と同じ弓道経験者だが、彼女はマネジャーだった。経験者の視点から部員の皆をサポートし、雑務も文句ひとつ言わずにこなす、よく気の回る女子マネージャー。皆は彼女を美少女マネだと言っていたが、俺は彼女のことを活動面からしか見ていなくて――。
だから好きだと言われた時、とても戸惑った。
生まれて初めて人から告白されたのに、その感覚は嬉しいものとは程遠く、夢に描いていたような浮かれた感じはまったくしなかったのだ。
ただ、どうやって断ったら相手を傷つけずに済むだろうかと考えて焦り、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「桜羽さん、ごめん……。気持ちは嬉しいけど、俺……」
俯き、もごもごと話す俺の返答は、桜羽結花の理想とはかけ離れていたらしい。彼女も酷く戸惑った様子で、「え? え?」と狼狽していた。
「なんで? なんでダメなの? そっか! 私のこと、みんなの共有財産だと思って遠慮してる? 大丈夫だよ。部活でもクラスでも、お似合いだって見せつけてやろうよ。まずはお試しからでもいいよ?」
桜羽結花は、よほど幸せな子ども時代を過ごしてきたのかもしれない。だがそんな女子の思考回路など、俺には到底理解できず。俺は彼女に未知の生物を見るような目を向けてしまったらしい。
それがよくなかった。
「え……。なに、その目……。私なんか興味ないって言いたいの?」
「ちが……っ。俺は……」
「あ。分かった!」
慌てて否定しようとした俺の言葉を遮り、桜羽結花は納得した様子で大きく頷いた。彼女に笑顔が戻り、俺は一瞬安心したのだが――。
「実は彼女がいるんだ。それなら仕方ないよね。浮気はよくないし。だれだれ? 初心者の美緒ちゃん? 意外と田所先輩? クラスの山内さんともよく喋ってるよねー」
「待って。待って、桜羽さん……! 彼女なんていないってば。好きな女子もいないし」
「えー、じゃあ男の子が好きだったりして」
「…………っ!」
桜羽結花が冗談半分に口にした言葉に、俺はハッと黙り込んでしまった。何度思い出しても馬鹿だったと思う。
桜羽結花はそんな俺の顔を見て、心底がっかりしたような、そして軽蔑したような声を上げた。
「うわー……。そうなんだ。柊木君って、男の子が好きなんだ」
「違う……っ。俺はそんなんじゃなくて……!」
恋心を自ら否定すると、今度は颯真が離れていってしまうような感覚がした。痛くて痛くてたまらない。俺の心臓は刃物で何度も刺されたようにぼろぼろになっていく。
「ほんとに違うんだ……」
その時の俺は、いったいどんな顔をしていたのだろう。
好きな性別をずばり言い当てられ、分かりやすく侮蔑され、生々しく落胆された俺は。
颯真への気持ちを恥ずかしいものとして隠そうとした俺は。
(もういやだ。なんで俺は……)
急にどすんッと重たい衝撃が体に走り、俺は悪夢から目を覚ました。どうやらベッドから床に転がり落ちたらしく、体の右半分がじんわりと痛い。
(夢くらい、楽しいもん見させろよ。神様のばかやろー……)
起き上がろうとすると、コタツで丸くなって眠っている颯真がむにゃむにゃと、「敬礼ちょっぷ……」という寝言を言った。
昼間はみっともないところを見せてしまったが、颯真がいい夢を見ているようでよかった……と、俺は心の底からほっとした。
颯真は多分、俺と桜羽結花の間に何があったのかを知っている。
俺が彼女からの告白を断ったことを。
そして翌日、彼女がクラスメイトたちに「柊木君は男の子が好きみたいで、私フラれちゃったんだ」と悲劇のヒロインのようにして触れ回ったことを。
今どきの高校生は、同性の恋愛を否定するような時代で育ってはいない。だから、彼女が俺の性的趣向を批判したとしても、それに同調する幼稚な者なんていなかった。
けれど批判したり、からかったりしないだけ。賢いクラスメイトたちは、俺のことを「そういう人」という目で見るようになり、ただ腫物のようにして遠ざけ、必要以上に関わって来なくなった。
多分俺が同じ立場でもそうするかもしれない。自分では理解しきれない生き物には、接し方が分からない限りは近寄らない。別に関わらなくていいのなら、遠くから見ていてもいいじゃないかと。
そして桜羽結花は同性愛者の柊木君を馬鹿にしたと見なされ、彼女もまた、クラスの腫物になった。彼女はそれがたいそう気に食わなかったようで、夏休みの間に逃げるように転校してしまい、残された俺だけが浮いた存在になってしまったのだ。
それ以来、俺の日常は孤独と後悔ばかりだった。
あの時、桜羽結花に何と答えていたらよかったのだろう。フツウのふりをして、彼女の告白を受け入れたらよかったのか。あるいは好きな女子がいるフリをしたらよかったのだろうか。
(それとも、堂々と颯真が好きって言えたらよかった……?)
俺は部屋の寒さにぶるっと震え上がり、寒いから少しだけ……と、コタツにもぐりこんだ。颯真がよく眠っていることを確かめると、こっそりと後ろから抱き着くように腰に手を回し、背中に顔をうずめる。温かくて大きい背中に触れていると、とても安心できて、そして泣きたくなってくる。
「颯真……。俺も【恋ワズライ】になりてぇ……。そしたらいっぱい好きって言えるのに……。こんなに苦しいくらい好きなのになぁ、俺……」
いい夢はすぐ消えてしまうんだ。消えてしまう前にせめてめいっぱい触れさせてくれと、俺は颯真の背中を強く抱きしめて眠りに落ちた。




