恋ワズライとルームシェア⑤
「さ……桜羽さん……。なんで……」
脚がガクガクと震え、颯真に支えられて座ってもいられなくなった俺は、無様にずるりと床に滑り落ちた。
もちろん颯真は慌てて「だいじょうぶかよ⁉ 誰この子⁉」と尋ねて来たが、俺の喉からはなかなか声が出てこなかった。そしてポテトの皿を置きながら、代わりに桜羽結花が淡々と答えた。
「私、夏まで柊木君と同じクラスで、部活も同じ弓道部だったんですけど、転校して。今はここの近くの高校に通ってるんです。駅が近くて便利だし、制服も可愛いし――」
もう颯真の前で喋らないでくれ。お願いだからと、俺は彼女の顔を震えながら見上げた。
すると、桜羽結花は可愛らしい唇をにこりと持ち上げて言った。
「すぐに彼氏もできました。だからバイトでデート代を稼がなくちゃいけなくて。……柊木君も楽しそうでよかった。やっぱり彼氏がほしかったんだね。こんなにイケメンが彼氏だったら、私がフられるのも納得しちゃうなぁ」
「は?」
颯真が真顔で桜羽結花を見つめている。滅多に見ることがない、颯真の怒っている顔だった。
「あー……。アンタが例の……。桜羽なんとかサン?」
「あれっ。私のこと知ってるんですか? そっか。柊木君から聞いたんですね。ダメだよ、柊木君。彼氏にフった女子のこと、面白半分で話しちゃ」
「樹からは何も聞いてねぇよ。アンタがムカつく有名人ってだけ」
「柊木君の彼、怖いよ。初対面なのに」
桜羽結花は颯真の射殺すような視線ももろともしない様子で、すっすっと空のコップをトレイに乗せている。そして、立ち上がれない俺に笑顔が消えた眼差しを注ぐ。
「私に何か言う事ないの? 柊木君」
「そ……っ、颯真は彼氏じゃ……ない……。ただの……友達……で」
「えー? でもそんなに引っ付いてるし……。あっ、ごめん。狙ってるとこだった?あ、私、柊木君にフラれてからBL漫画いっぱい読んでみたんだ。そしたらかなりハマっちゃって! いいじゃん。付き合っちゃいなよ。二人ともかっこいいんだし、すっごくお似合いだと思うよ。男の子どうしで付き合って、悪いことなんてないんだから!」
「ちが……っ。違う……」
再び笑顔でとうとうと喋る桜羽結花に、俺は何もまともに言い返すことができない。夏に味わった地獄を思い出し、そして息が止まるように苦しいこの空間から、ただひたすらに逃げ出したかった。颯真の顔を見ることができなかった。
「桜羽サン、棘、すげぇじゃん。樹は否定してっけど、俺はこいつのこと大好きだよ。なに? 妬いてて嫌味言ってんの?」
「颯真、やめ……」
「わぁっ! ホントに好きなんだ! よかったねぇ、柊木君。男の子に愛されてるね!」
俺を挟んで、颯真と桜羽結花が冷ややかな口調で口撃し合っている。
俺はどうしよう、どうしようと頭の中がどんどん白くなっていく中で、痛くなる胸を掻きむしり、声を搾り出して叫んだ。
「颯真は今、【恋ワズライ】してんだ…! だから俺なんかが好きなんだ……! 女子にモテまくりの颯真が、男の俺に惚れるわけないじゃん。それに俺はただ治療手伝ってるだけで、恋愛感情とかないし……!」
颯真を守りたくて、俺はそう叫んだ。
病気のせいで好きになった過去なんて、残ったら颯真が可哀想だ。
しかも相手が俺みたいな奴――「男の子が好きな柊木君」だったら、なおさら。
「樹……」
颯真の消え入りそうな声が聞こえ、俺は泣きながら振り返った。
後ろで座っていた颯真は、酷く思い詰めた顔をして俯いていた。とても寂しそうに、悲しそうに。
「なんで、颯真がそんな顔してんだよ……」
俺は振り返ったことを後悔しながら、袖で涙をグイと拭った。「先に帰る」と言って、財布から千円札を三枚引っ張り出し、テーブルに置いて。
「なーんだ。つまらない。ホントの恋じゃなかったの?」
桜羽の冷ややかな視線が背中を貫いてくるようで、俺は立っているのも必死だった。眩暈と吐き気のダブルパンチだ。だが、よろよろと数歩歩き、やっとの思いでドアノブに手を掛けることができた。
そこで「樹!」と、颯真が声を上げて追いかけてこようとしたが、俺はふるふると力なく首を横に振った。早くひとりになりたかったのだ。
「安心しろって。颯真の【恋ワズライ】が治るの、ちゃんと見届けてやるから」
(胸張って『ホントの恋』って言えたらよかったのに――)
もうすぐ発症から二週間。きっと颯真はじきに俺の家から出て行くだろう。




