恋ワズライとルームシェア④
ルームシェアを始めて数日――。
公休中の颯真は、昼間に家事をバリバリこなす主夫と化していた。部屋はピカピカに。ワイシャツにはアイロンが当てられ皺ゼロに。スーパーの特売日はカレンダーにメモ。冷蔵庫には作り置きのおかずがストック……。
「颯真って、めちゃくちゃ家庭的だったんだな。感謝の念百パーセントだわ」
「樹のためなら、なんだってできちゃうんだぜぃ?」
かっこつけた決め顔を向けて来る颯真は、本当に家事が苦ではないらしい。
金曜日も手間のかかる餃子をせっせと手作りしてくれていて、夜は餃子パーティを開催してくれた。ノーマルの焼き餃子だけでなく、キムチチーズ餃子、野菜たぷり餃子鍋、アイスバナナ揚げ餃子といった変化球もずらりと並び、男子高校生二人の腹を満たすには十分すぎた。
「ふぇ~……。うまかったぁ……」
完食後、すっかり満腹になった俺はコタツに入ったままごろりと横になっていた。
至福だ。至福の時とはこのことだ。颯真もコタツで一緒にのんびりしてくれたらもっといいのになと、俺は重たくなったまぶたをそのまま閉じてしまおうとしていたのだが。
「なっ。樹」
「は⁉」
にゅっと颯真が俺の顔を覗き込んできて、その距離の近さに完全に目が覚めた。俺がうっかり体を起こしたら、唇が当たってしまいそうな至近距離だったのだ。
「ななななんだよ⁉ 食後に寝るなってか? お前は俺の母ちゃんかよ!」
「違うって。お願いがあってさ」
颯真は転がって背中を向けた俺の肩を掴み、くるりと元の向きに戻してしまう。にこにことご機嫌な様子だが、その笑顔がなんだか怖い。
「オレの【恋ワズライ】を早く治す協力してくれるって言ってたよな?」
「い……言ったけど、ルームシェアするだけじゃダメなのか?」
「樹との同棲はすげぇ楽しいよ。毎日きゅんきゅんしてハッピー。でもちょっと足りない。俺は樹にケアしてほしいんだよ」
「ケア⁉」
「惚れてるオレの心を満たすケア。なぁ、樹……」
いつの間にか、笑顔がすっと消えている。切なそうな表情に変わった颯真の眼差しに射竦められ、俺は横たわったまま動けない。ドキドキしすぎて心臓が痛い。破裂するんじゃないかと思ってしまう。
「俺、エロいことはしないって言って……」
(待って神様! 俺は病気から始まるエロ展開なんて望んでなんか――!)
◆◆
俺は初めて知った。
映画館の最前列は、音の大きさが段違いに大きいことを。
画面の迫力もありすぎ、さらに首も痛くなるということを。
(うぅっ。体の色んな場所にダメージが入る)
「地球はおれたちミラクル戦隊が守る! 集え! 99のヒーローの力‼」
大爆撃をバックに叫ぶ特撮ヒーロー。
隣に座っている颯真は、「おおおおお……!」と興奮した様子で大画面を見つめていた。
俺は初めて知った。
颯真は16歳になった今でも特撮ヒーローが好きで、昔俺があげた変身アイテムの食玩具を大事に持っていたことを。
お小遣いがたまったら二人で特撮ヒーローの映画を見に行くという約束を、ずっと颯真が覚えていたことを。
(そういえば、保育園でヒーローごっこして仲良くなったんだよな……)
俺はいつもレッド役、颯真は追加戦士役。先生を勝手に怪人に任命して、毎日飽きもせずに正義の味方をしていた。
小学校に入ってからは、俺はだんだん少年漫画にハマっていったので、いつの間にかヒーローごっこは卒業していたのだが――。
(令和の特撮も熱いな……。演出すげーし、アイテムもかっこいい……。ってかこの映画、過去作のヒーローめっちゃ出るじゃん。ご本人出演てどんだけ豪華なんだよ……)
リアルタイムで見ていたヒーローは、おじさんになっていてもかっこいい。これは俺も再燃があり得るかもしれないと思いながら、膝に置いたボディバッグに視線を落とした。
ファスナーにヒーローの変身アイテムを模したキーホルダーが付いていて、これは颯真から俺へのプレゼント。
俺はジュースとポップコーンだけ買って、さっさとシアターに行こうとしたのだが、颯真が「小学生以上は入場特典もらえねぇし、何か買わせて! 99周年記念なんだよぉ!」と、言って買って来たものだ。
そんなふうに売店付近で駄々をこねられ続けるのも恥ずかしかったので、俺は早く買って戻って来てくれと言って待っていた。すると颯真は当然のように俺の分まで買ってきて、半ば無理矢理にバッグに装備させられた。
周りは子どもとその親ばかりなので、少し恥ずかしい。だが、それ以上に颯真とお揃いのものを付けて、二人で映画を見に来れたことが嬉しかった。
(エロい要求されるかも……とか思った自分が恥ずかしい……)
映画の爆音に紛れて「はぁ……」とため息を吐き出し、颯真の横顔をこっそりと見つめた。場面に合わせてハッと息を呑んだり、唇をぎゅうと噛み締めたり、かと思ったら感動して目に涙を溜めたりして、表情がころころ変わって忙しい。そしてどの顔もかっこいい。
(イケメン、ほんとずるい……)
面食いではないつもりだが、そう言われても否定できないことが悔しくなる。
俯いて、また自分に対してため息をついていると――。
「樹」
不意に肘置きに置いていた俺の手に颯真の手が覆い被さってきた。大きく温かい颯真の左手が俺の右手を包み、指の間に指が割り込んでくる。
「えっ」
驚いて颯真の顔を見上げると、颯真はこそっと俺の耳元に近づき、口を開いた。
「ちょっとだけ手ぇ貸して。冷えちゃってさ」
「嘘下手すぎ」
俺は小声でそう言ったけれど、怒って手を振り払いはしなかった。
誰もいない映画館の最前列だから、少しだけ。
このちょっとだけ背徳的でひりひりとした胸の痛みが、16歳の俺にはとても苦しくて愛おしかった。
(手、あちぃよ。ばーか……)
◆◆
映画の後は、余韻に浸りたいと言った颯真に連れられてカラオケにやって来た。
俺が来るのが久しぶりだと言うと、颯真はとても驚いた様子で「マジ? イマドキそんな高校生いる?!」と目を丸くしていたが、嘘ではない。
中三のクラスの卒業パーティー以来だ。田舎の地元にはカラオケ屋なんてなかったし、さして歌が好きなわけでもないので、わざわざ電車やバスに乗って歌いに行きたいとも思わなかった。
それに俺が決定的にぼっちになった高二の夏からは、カラオケに誘ってくれる友達など一人もいなかったのだ。
「人前で歌うのはずいし、俺見とく」
「人前って、オレじゃん。オムツしてた時からの付き合いなのに今更」
「保育園だろ」
部屋に入るなり俺がタンバリンを手に取っていると、颯真はカラカラと笑いながらタッチパネルを操作して何曲かまとめて予約入れていく。ついでに山盛りポテトも頼んでいるようだった。
(颯真、楽しそう……。今日は颯真が楽しく歌って、満たされた気持ちになってくれたらいいな……)
昨日の夜、唐突に「デートしよう」と申し出て来た颯真は、きっと実は【恋ワズライ】の症状が重く、しんどい思いをしているのだろう。
大好きな俺とルームシェアしても収まらない求愛症状――いや、むしろ一緒に住んでいるのに決定的なコトができないストレスがあるのかもしれない。
そう考えるとなんだか申し訳ない気持ちになってしまう一方で、俺だって生殺しなんだぞと言ってやりたくもなる。
(病気のせいで俺のこの好きなやつと、今だけ両想いって……。手、出したらダメだろ。倫理的に……)
歌う準備をしている颯真をぼんやりと見守っていると、ジャカジャカと騒がしいイントロが聴こえてきた。子どもの頃、俺と颯真が熱狂的にハマった特撮ヒーロー「成り上がり戦隊カイキュウジャー」のテーマソングだ。
それを颯真は大熱唱した。
「カカカカカカカカカイキュウジャーッ! くらえ! 敬礼チョーーーップ!」
俺はタンバリンを振りながら、耐えきれず「すげー!」と興奮の声援を挟んでしまった。
お洒落なイケメンキャラで女の子たちからモテモテの颯真が、特撮ヒーローの歌を全力熱唱するなんて、高校の人間誰一人、絶対に想像できないだろう。
そう思うと余計にテンションが上がり、楽しい気持ちが込み上げて来た。
「すげ! 颯真、めっちゃ上手い! ラップのとこまで完コピじゃん!」
「去年くらいから昔の曲も配信されててさ、めっっっちゃ練習した。いつか樹に披露してやろうと思って。念願叶ったわ~!」
間奏中にノリノリでそう答えてくれた颯真は、すぐに再開した曲に合わせて歌い出した。
だが俺は颯真の何気ない言葉が嬉しくて、何度も何度も胸の中で反芻して、いつの間にかタンバリンを振る手が止まっていることにも気が付かなかった。
(俺のことなんて、もうどうでもよくなってたのかと思ってたのに――)
教室で一人腫れ物みたいに、だけど空気みたいな存在だった俺のことなんて、クラスの違う颯真はもう気にしていないのかと思っていた。
だけど、颯真のなかにはちゃんと俺の居場所があって、いつかしたい事も考えてくれていた。その気持ちが表に出たのが【恋ワズライ】がきっかけだとしても、俺は嬉しくて泣き出しそうになってしまう。
(ダメだ……。マジで泣けてきた……)
「樹?! どした?!」
俺がこっそり涙を堪えていることに気が付いた颯真は、マイクを放り出して駆け寄ってきた。両肩を掴み、焦った顔でこちらを覗き込んでくる颯真は、本気で俺を心配している様子だ。
「オレの歌に感動して……じゃないよな? 腹痛い? ポップコーン食いすぎ?」
「ほとんど颯真が食ったじゃん……」
ぐすんと鼻をすすり、涙が零れる前にわしわしと袖で顔を拭った。
あぁ、俺は颯真のことが大好きなんだなと、ひたすらに思う。
(ここで告ったら卑怯だ。病気で惚れてるだけの颯真に受け入れさせて、治った後どうすんだよ。こいつ優しいから絶対気ぃ遣うじゃん……)
「なんでもねーし……! カイキュウジャーが懐かしくて泣けてきただけだよ!」
「えっ、マジ? なんか無理してね?」
この無理は墓場まで持ってくんだよという言葉を飲み込み、俺は涙声で「ジュースのおかわり取ってくる」とプラスチックのコップを手に取った。
「颯真はコーラでいい?」
「え……、うん。いいけどさ、樹ほんとに……」
「だからマジでなんでもないって」
俺が無理矢理笑って部屋を出ようとすると、颯真は「待てよ!」と俺の腕を掴んで引き止めた。
バランスを崩し、よろけてしまった俺は、颯真に抱きとめられるようにして支えられ――、その時だった。
ノックの後にドアが開き、若い女性店員がフードを持って入ってきたのだ。色白で、黒髪のショートボブをした清楚な見た目の可愛らしい店員だった。
「失礼します。こちら、山盛りポテトで――」
「あ……」
思わず、俺の息が止まりかけた。
颯真とのデートを知り合いに見られないように、今日は足を伸ばして隣町まで来たというのに。
去年の夏に転校したと聞いていたクラスメイト――桜羽結花がそこにいた。
「柊木君……? あ……。やっぱ男の子が好きなんじゃん」
桜羽結花の温度のない声が突き刺さる。血液が凍るような冷たい感覚が全身に巡り、ぐるぐると目眩がする。
桜羽結花は去年の夏に俺に告白してきて、俺が振った女子だった。




