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恋ワズライとルームシェア  作者: ゆちば
3/7

恋ワズライとルームシェア③

 翌朝俺は、狭い部屋に香る味噌汁の匂いで目が覚めた。作ってくれたのはもちろん、同居人の颯真だ。


「いい匂いする……」


 まだ目が半開きの俺がベッドから転がり落ちるようにコタツに移動すると、「おはよーさん」とご機嫌な颯真の声が頭上から降ってきた。


「味噌汁紙コップに入れたけど、いいよな? ってか樹ん家、食器ぜんぜんねぇじゃん。不便じゃね?」


「紙コップで十分。ってか、下宿生の男子の家に食器を望むな」


 ようやくちゃんと目が開いた俺は、コタツのテーブルの上に並んだ白ご飯と味噌汁、くるくるの卵焼きを見て、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 普段まったく自炊せず、実家にもほとんど帰らない俺は家庭的な食事に飢えているわけで――。


「食べてい?」


 麦茶のボトルとマグカップを運んできた颯真を見上げてそう問うと「もち!」という軽快な返事が飛んできた。

 俺は「いただきます」と両手を重ね、そしてぱくっと卵焼きを口へと放り込む。


「うまっ」


 ちょうどよい出汁加減の卵焼きだ。色も綺麗な黄色で食欲をそそる。


「颯真がいたら、俺、毎日こーゆーのが食えるの?」

「へへっ。療養中は学校も休みだから、さらにコレもお付けします!」


 もぐもぐと次の卵焼きを咀しゃくしていると、颯真が通販番組の司会者のようにひょいと弁当箱を差し出してきた。


「愛妻弁当~! 中身は昼のお楽しみな!」

「マジかよ。ありがと……! 愛妻じゃないけど」


 俺は平然を装って弁当箱を受け取るが、おそらく顔のによによは隠し切れていないだろう。表情筋がいつもと違う動きをしているので、多分真顔以外の顔をしている。


(勘違いすんのやめろ、俺! 相手は【恋ワズライ】なんだぞ!)


 俺は落ち着くために深く息を吸い、そして大きく吐き出した。


 颯真のことを好きだと自覚したのは、中学二年生の時。

 ませた同級生たちによる「好きな女子のタイプは?」だとか、「付き合い始めました」だとか、そんな浮ついた話題が増えてきて、いざ俺も会話に混ざろとしたものの、颯真の顔しか頭に浮かんでこなかったのだ。


 俺は女子よりも颯真と話す方が楽しいし、颯真とゲームをしたり漫画を読んだりしている方が面白い。でもそれだけじゃ足りなくて、もっと触れたい、俺だけを見て欲しいみたいな欲がある事に気がついてしまって、それ以来俺はずっと颯真に片想いをしている。

 そして片想いを胸に押し込め、決定的に颯真と距離を置くようになったのは、今年の夏からだったのだが――。


 男が男を好きになってもいい時代であることは分かる。恋や愛に性別なんて関係ないと、世間は言う。

 けれど繊細で不器用で腫れ物みたいな思春期真っ最中の子どもだった――いや、現在進行形でそんな状態の俺には、颯真に告白する気概なんてあるわけがなく……。


(もともと明るいイケメンの颯真と、地味で目立たない俺だしな。釣り合わないんだよ)


 とはいえ、俺は颯真への想いを断ち切れていたわけではなく、現在の高校二年の冬になるまでしっかりと引きずっていた。だからこのルームシェアは、嬉しくもあるが苦しくもあった。


 昨晩目に飛び込んできた、上半身裸でうろつく風呂上がりの颯真。コタツで爆睡する寝顔。明け方、颯真が寝ている俺の頭を笑顔でくしゃくしゃに撫で回していったことも実は知っているし、胃袋もとっくに掴まれている。


(目の保養っていうか、目の毒! 神様って悪魔だったんだな……!)


 この煩悩をどこで昇華しろというのか。

 家じゃ無理だし外だよな。


 食事をありがたくいただき、身支度を終えた俺は、「じゃあ学校行ってくる」と玄関に向かおうとすると――。


「え?」という表情でコートを羽織っている颯真と目が合った。


「なんで上着着てんの」

「え。送って行こうかと」

「なんでだよ?! お前、公休じゃん。学校に近付くの気まずいだろ?!」

「いや別に?」


 俺が意味が分からないという顔を向けると、颯真も同じ顔をしているではないか。


「オレは少しでも颯真と一緒にいたいよ。お似合いだって、みんなに見せつけてやろうぜ!」


(こ……これが【恋ワズライ】による判断力低下……! なんてヤバい病気なんだ……!)


 だが俺がいくら颯真を心配したところで、こいつが自分の病状の深刻さを理解することはない。恋煩い真っ最中なのだから。



 ◆

 学校までは、バスで15分程度。

 俺と颯真の地元からだと一時間以上はかかるので、それと比べたらかなりいい場所に住んでいると思う。


(でも、颯真と一緒にいる時間が短くて寂しいな……って、思ったりして)


 心の中でそう思うものの、俺は颯真に「お前のこと好きな女子に目撃されてみろ。ヤキモチ妬かれて、俺が刺されるんだぞ」と再三言いまくり、ようやく変装(伊達メガネとマスク)をしてバス停までの見送りという形に収めることができた。


 少々大袈裟に言ったが、可能性はゼロではない。なにせ颯真はかなりのモテ男なのだ。フラれた女子からの脅迫状をもらっているところだって見たことがある。

 まぁ、それにだ。俺みたいなぼっち陰キャとつるんで、颯真が何か言われたら申し訳ない。


 そんな俺の気など知らず、颯真は塀の上に猫がいただとか、すれ違った保育園児が可愛かっただとか、ごくごく平和な話をし続けている。周囲を警戒して歩いていた俺が馬鹿みたいに思えてしまうほどに。


「ぷっ。颯真ってクラスの友達とも、そういう話してんの?」


 耐え切れず吹き出してしまった俺は、普段颯真が一緒にいるクラスメイトたちのことを思い浮かべた。サッカー部のエースやダンス部の部長、学祭のミスコンに出た女子なんかの一軍がレギュラーメンバーだったはずだ。

 颯真が彼らとのほほんとした会話をしているとしたら、なんだか親近感が湧いて来る。


 けれど颯真は「いいや」と首を横に振った。


「テスト勉強してねぇわ、俺の方がもっとヤベーわ! とか。韓国のアイドルの髪型真似してみるか! とか。女バスのマネが可愛いから見に行く? とか。中身なぁんもねぇよ」

「それ言い出したら、塀の上の猫の話だって中身ねーじゃん」

「あるよ。樹、猫好きだろ? オレも猫好きだし」


 いつも教室の真ん中で楽しそうに笑っているように見えていた颯真にも、色々あるらしい。人気者だって人間なのだから、そりゃそうか。一人でいる気楽さを取ってぼっちになった俺にはない悩みが、きっと颯真にはあるのだろう。


(療養中は俺と緩い会話してたらいいよ、颯真)


「……猫な。好きだよ。社会人になったらアメリカンショートヘア飼うって決めてんだ」

「いいな、アメショ! そしたらオレ、樹ん家に住むわ。一緒に猫の世話する! 大人になってもルームシェアしようぜ!」

「ばーか。猫目的のルームシェアってなんだよ」


 俺は、エア猫を抱きしめる颯真を呆れた顔で笑い飛ばす。

 もっともっと颯真と二人で他愛のない話をしたい。


 だがそこで最寄りの停留所にバスが来てしまい、俺は「行ってくる!」と手を振りながら駆け出した。

 ふざけてウインクしている颯真が愛しくて、胸が苦しい。


(神様ありがとう。高校生活の中で一番浮かれた通学路だ……)



 ◆◆

 いつも通りの孤独で平穏な午前中が過ぎていった。

 だが昼休みになると、なんと普通科の生徒ら数人が俺の教室にやって来たのだ。


「体育委員の人いる~? 高瀬颯真から連絡来てない~?」


 大声で叫んだのは、ちょっとチャラそうなダンス部員。ピアスが耳にいっぱい付いていて、シールだと思うが襟元にタトゥーが見える。俺だけでなく特進科クラス全体がひゅっと息を吞むのが分かった。


 どうやら、彼らは欠席している颯真と連絡が付かないことを気にしているらしく、関係のありそうな生徒に何か知らないか聞いて回っているようだ。ついでに颯真がいなくてつまらないと大きな声で文句を言っている。

 うちのクラスの体育委員の男子が困った顔で首を横に振ると、普通科の生徒たちは苛々した様子で舌打ちをするもんだから、なんだか教室の空気がピリピリとしてきて嫌な汗が出る。


 まさか颯真が俺に惚れて俺の家にいるとは夢にも思わないだろうが、どうしたって居心地が悪い。もし知られたら、「オマエのせいで高瀬がおかしくなった」、「ソーマを返せ」と言われたり、最悪虐めを受ける可能性まである。


(やばい。怖すぎる……)


 ぶるりと震え上がり、俺は目立たないように自分の席で縮こまる。できれば席で弁当を食べたいが、今日は教室から出た方がいいかもしれないと思い始めていると――。

 化粧ばっちりのミスコン女子が俺を見て、「あ」と声を上げた。


「ねぇ、柊木君。そういや昨日、ソーマとなんか話してたよね? 休みの理由とか聞いてる? ウチらがメッセしても返信来ないんだよね~」


 颯真のやつ、メッセージくらい適当に返しとけよと恨めしく思ってしまった。大怪我でしばらく行けそうにないとか、親が体調を崩して……とか、それっぽい理由を言っておいてくれたらよかったのに。


「い……いや? 俺は何も。体調が悪いんじゃないの?」

「ま、そだよね。柊木君が知ってるわけないじゃんね」


 初めから期待などしていなかったらしく、ミスコン女子はあっさりと俺から興味を失くしてくれた。幸い、この高校には俺と颯真が幼馴染であることを知っている者はいないので、これ以上詮索されることもないだろう。


 ひとまずホッと胸をなで下ろし、俺は颯真が作ってくれた弁当をスクールバックから取り出した。高校入学前に下宿の準備をしていた俺に、母親が唯一持たせたいい弁当箱だったが、高校二年の冬になってようやく出番が巡って来たわけだ。まさか母親も、颯真が弁当を作るとは思っていなかっただろうが。


 パカッと蓋を開けると、ご飯の上に乗った鶏もも肉の照り焼きがドン! と目に飛び込んできた。他には卵焼き、プチトマト、ほうれん草のおひたしなんかも入っていて、彩も鮮やかだ。


(やばっ! すげぇうまそーっ!)


 俺は静かに「いただきます」をすると、教室の隅の席でぱくぱくと弁当を頬張った。


 卵焼きは朝焼いてくれたものとは別の味――砂糖の入った甘い卵焼きで、弁当らしい感じがしてテンションが上がる。おひたしは醤油が漏れないように、シリコンカップの底に鰹節が敷かれていて、その手間と心配りが嬉しい。鶏の照り焼きは大満足の量を入れてくれていて、男子高校生の胃袋を理解している感がひしひしと伝わってくる。


(うっま……)


 颯真が俺のために作ってくれた、俺だけの弁当。

 昨日颯真は「冷蔵庫の中身持ってきてよかったー」と言っていたが、多分違う。俺のウチにはシリコンカップなんてない。きっと颯真は弁当を作るつもりで食材や小物の買い物をして、それからウチにやって来たのだ。


「どんだけ惚れてんだよ、あいつ……」


 優しくて美味しい味がする。こんなの嬉しくないわけがない。


 かなり食べ進めてしまったが、せっかくだからと弁当の写真を一枚パシャリと撮った。もちろん、食べかけなので映えとは程遠い。

 なので、颯真には写真はナシで感想だけを送ろうと、スマートフォンをポケットから引っ張り出すと、通知画面に履歴がわんさか溜まっていた。ミュートしていたので気が付かなかったのだが、颯真からのメッセージが二十件ほど溜まっていたのだ。


(なんだこれ)


 思わずクスっと笑いが漏れる。

 颯真からは「掃除中」、「コタツ布団干した」、「カップ麵の賞味期限去年じゃん。あぶね!」など、とりとめのないメッセージや自撮り写真が送られてきていた。

 俺は誰にも見られないように写真を一枚ずつ保存すると、「家事ありがとー! 弁当すげー美味かった!」と手早く返信した。


 そして、何事もなかったかのように再び弁当を食べ始める。

 クラスメイトが颯真を恋しがっているなかで、俺だけが颯真を独占している。そんな優越感が嬉しくて、つまらない日常がちょっとだけ楽しく感じられた。


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