ダンジョン合宿前夜
先生のダンジョン合宿宣言のあと、俺達は各自の部屋に戻った…
俺はベッドで仰向けになりながら、先生が言ったダンジョン合宿について考えていた。
(座学でダンジョンについては習ったけど…いきなり潜るのは不安しかない…)
木田さんはどうなのだろうか?正直言って、よく一緒にはいるが転校した日に異世界転移だし…彼女の事は何もわからない。
偶に毒を吐くけど優しい人だとは思う。
「おっと、失礼したっす!」
「あ!大丈夫っす。今帰りすか、お疲れ様っす。」
いつも俺の部屋の前の通路を部屋側ギリギリで歩く、若い騎士さんが、また…先生が改造した俺の部屋の扉…
【自動ドア】を開けてしまっただけの事だ。
プライベートなんてあったもんじゃない。でも1週間も
ウィーンウィーンしていたら反応も冷めてきた。
(俺が一人前になったら先生も直してくれるだろう)
「あ、あの!」
「あ!大丈夫っす!」
………
「あ、あの〜」
「あ!大丈夫っす!」
………
「あの!ハルト。」
………
「え、木田さん?」
自動ドアが何度も開けしめをしている。そして、その奥に木田さんが不安そうに立っていた。
「な、何してるの木田さん。そんな所で?」
木田さんは自動ドアの微妙な開閉のせいで姿が見え隠れしている。
「あ、明日からの…相談がしたいの!でも男子の部屋でふたりきりが……少し不安です。」
「あ!大丈夫。ここプライベートないから!広間とかわんないくらい…プライベートないから!」
不安を取り除くつもりで発言したつもりだったが、なんだか木田さんの機嫌が悪くなったような気がする。
「じゃ、じゃあ入ります…」
木田さんは少し俯きながら部屋に入ってきて窓ぎわの椅子に座って外を見ている。
初めて女性を部屋に入れてしまった。本来ならば俺の事だから緊張するだろうが…
「ういっす!」
「ども!」
「おっす!」
「あ!どうも」
これだ。この【自動ドア】のせいで本当にドキドキがない。
「賑やかな部屋です!」
「す、すいません。」
木田さんは窓越しに外を見ながら話しだした。
「ハルトは凄いです。」
木田さん2回目の転移が初転移だった。3回目の時は、体調不良で休んだ時に転移があり、他のクラスメイトと転移数に違いが発生したそうだ。
「私は…初めての時、怖くてお城から出れませんでした!」
毎日泣いていたそうだ。それを見かねた若菜先生が、
【社会科実習】と称して木田さんを城下町の診療所へ連れて行き怪我をした住民のお世話をさせたらしい。
だから【回復魔法】のレベルが少しアップしたと話してくれた。
でも先生が開発した結界外には足を踏み入れる事はなかった。だから明日からのダンジョン合宿が怖くてたまらないらしい。
「木田さんの方が凄いよ!」
俺は素直に木田さんを褒めてしまった。何故か自然と言葉がでた。
木田さんは不安と言うけど、いつも俺を気にかけてくれる。
それに偶に吐く毒も結構好きだと。
その話しを聞いた木田さんは意地でも俺を見ないようにと窓ぎわから外を見ているだけといわんばかりに首に力を入れていた。
だって手を小刻みに震えるほど強く握っているし部屋の灯りの反射で木田さんの目が泳いでいるのも窓のガラスに写る姿で確認できたから。
「パパパ、パーティー名を考えましょー!」
木田さんは頑張ってこちらを向き赤くなった顔を見せながら言葉を発した。
共に命を預ける仲間だからと木田さんは言う。
確かに、今後は危険を伴う事のほうが多いと思う。しかも俺は親しい間柄の知人もいない。
この世界の城勤めの人や先生と木田さんくらいしかまともな会話をしていない。
「じゃあ2人のパーティー名を考えて明日に備えようか」
木田さんは満面の笑顔。
いつも若菜先生の態度におどおどしていて気が付かなかったけど
木田さんは笑顔がとても良い女性だ。
それから俺達はパーティー名を考えた。
自動ドアの開閉も気にせず夢中で考えたんだ。
木田さんは…頑固者かもしれない。
パーティー名と発して少し沈黙したあとで…
最初に案を出したのは木田さんだった。
「ピッチャー木田です!」
咄嗟に「ダメ」と言ってしまった。
それなら「ピッチャー木田」でと再プッシュされたが
「です!」の有無じゃないと告げた瞬間…
舌打ちされてしまった。
どうしても「ピッチャー木田」から離れてくれない木田さんに理由を聞くと…
「お父さんが好きだったから」
と言われた。ならそれも有りかなと思ったが、俺の在籍感が無いからと、やっぱり強く反対した。
「木田宣言」
俺を木田家の中にまとめないでくれ!
木田さんは俺にお風呂は先で大丈夫と言うけど…
意味がわからない。
「私ばかり言ってます!」
少しふてくされている表情を見せる木田さん。
本人には言わないが…あまりに意味がわからないパーティー名を言うからタイミングを失っただけで案は練っていた。
「ナイトメア」
俺が発してパーティー名を聞いて木田さんは大きな瞳を一瞬で細めた。
「俺達の力で、この悪夢から脱する事がパーティー名の由来さ!」
細めた目が高速で瞬きをする。一度俺の顔を見るのをやめた木田さんは、少し時間を置いて再度俺を見て言葉を発した。
「臭い!」
厨二病と言いたいのかな?
初挨拶の時に金髪君達が言った「臭うな」は俺へではなく転移の兆しがあることに対してだったんだと今は理解を示している。
でも、こうも面と向かって「臭い!」と言われると…
何でかな?すごく涙がでそうだ。
その後、俺は自分の発言に自信を持てなくなり自室にも関わらず、萎縮してしまった。
結局、パーティー名は決まらなかった。でも木田さんと沢山話しができた。俺の転校話しに木田さんの家族話し、こんなに会話したのはいつぶりだろうか?
木田さんの表情豊かで大げさな仕草。
俺のくだらない話しに事細かく指摘を入れてくる彼女をいつのまにか俺は彼女への思いが特別な感情に変わってしまった事に、今はまだ気が付かなかった。
「あ!もう遅い時間です。明日に備えて寝ます。帰ります!」
慌ただしく木田さんは部屋から出て行く。
明日からのダンジョン合宿…
彼女を守るんだ!
つづく