午後の実技
先生に逆らうのをやめて1週間が経過した。
俺と木田さんは引き続き若菜先生の授業を受けている。
午前中は、スキル関連やこの世界の歴史等の座学だ。
昼食後は、あの訓練所で実技と言う名のシゴキを受けている。
「ハルト!何ですかその素蹴りは?」
「すいません。この世界の重力をナメてました!」
素蹴りとはスキル【ローキック】の体幹訓練だそうだ。
要は素振りだ。
毎日午後から千回が日課だ。
「ナナミ!もう少し盾を左右に大きくふるの!隣りに誰かいるとか気にしない!」
「は、はいですー」
木田さんは毎日、盾を振り回している。偶に俺に直撃するけど俺は何も言わない。
…だって逆らうのをやめたから。
「せ、先生。ど、どうして毎日盾を振り回すの?盾は守る為じゃないですか?」
木田さんナイス!
実は俺もそれが気になっていた。
先生は素振りをしながら木田さんを見て笑っている。
「ナナミ〜!盾が守る物って誰が決めたのかな〜。そんな考えは忘れてしまいましょう!それだけ面積がある物を軽々振り回しているのよ?…とても素敵な鈍器じゃない!」
先生はめちゃくちゃ笑顔だ。たぶん…この人はサイコパスかもしれない。
ね!防御もバッチリじゃない。
先生は何の悠長もなく木田さんめがけてライトボールを放った。振り回している盾は偶然か必然か不明だが、先生の奥に聳える城壁に綺麗な放物線を描きめり込んだ。
ナイスゴール!
そして今度は俺の素蹴りにあわせてまたライトボールを放った。俺の【ローキック】が蹴り上げたライトボールは後ろの城壁の右隅に見事に突き刺さってしまった。
あのライトボールを弾きかえした。
俺は確実に午後からのシゴキ(実技)で強くなっているんだ!
うげぇ…
「ちょっと、にぶト!油断しない。連射も視野にいれて行動しなさい!」
顔面直撃…
たぶんレベル1のライトボールだけど…鼻血…呼吸がつらい。
(違う…反応は出来ていたんです。たぶん手では対応出来ないと瞬時に判断も出来てました。だから左足で対応しようとしたんですけど…俺のスキル【ローキック】だと膝より上に反応できませんでした。自分に悔しいです。)
倒れた俺は、覗き込む先生を見上げて必死に訴えた。でも血が口に溜まり上手く発声できなかった…
「何言っているかわかりません。はい!ナナミ。にぶトに【回復魔法】よろしく〜。」
回復魔法は素晴らしい。確実に折れていたであろう俺の鼻と血だらけの顔面を直撃前の顔に戻してくれた。
「うん。【ヒール】の練度も上がっているわね!当てたかいがありました!」
「はい!先生のおかげです。」
(別に俺を使わなくても良いだろ…どのみち痛いんだ!)
表立って逆らうのをやめたから…心の声だけは抵抗するようにしています。
「よし。今日のシゴキはここまで、それじゃあ夜にいつもの場所ね!」
(言った!今、自分でシゴキって言ったからな!)
その日の夜。
木田さんと俺は、先生が待ついつもの場所…中庭に来ている。
先に来ていた先生はベンチに腰掛けながら俺達を見て手を振っていた。
3人はベンチで横並びに座り膝元に置かれた…
異世界コンビニ「ボールボーイ&ガール」のおでんを見ていた。
因みにコンビニを造ったのも命名したのも若菜先生だ。
2号店を城下町に出したいそうだが、各商品の在庫管理が面倒らしく考え中から進展していないらしい。
コンビニ「ボールボーイ&ガール」が至る所に建ってしまったらせっかくの異世界風景が台無しだ。
便利だけど!
「もう!皆、同じ具じゃない。せっかく交換したかったのにー!」
先生はベンチで足をバタつかせる。確か今年で…29歳のはずなのに3人の中で一番子供じみている。
「熱々のおでん!おでん!」
うるさい。先生は黙っておでんを食べれないのか?
木田さんも真似しているし…
おでんを完食した3人。汁を全部飲むかで少し揉めかけたが最後は先生の「飲めよ!」で全部飲むことになった。
(前回のおでん事件の再発だけは防がねば…)
ひと息ついた所で先生が話しはじめた。
「先生は実は…大変忙しいタイプです!」
??
先生は話しを続ける。
「先生は教師として皆の相談に親身に対応します。ましてや異世界だもの。親御さんから離れた生徒を誰一人として足蹴に扱うわけにはいきません!」
(俺は?)
「そして先生は【聖女】です。【魔】が存在する世界で民を見捨てる事はできません。一人でも多くの民を救いたいのです。」
(根は真面目さんだ…)
だから2人に付きっきりでいる事を維持するのが難しいそうだ。
勿論、先生が言っている事は理解できる。
「でも、2人が心配です。この世界で自立できるか不安です。だから先生は考えました。」
そう言いながら先生は勢いよく立ち上がり夜空を見上げて叫んだ。
「2人は明日から城の地下にある【ダンジョン】で、
【合宿】をしなさい。勿論…先生の同伴はありません!」
え?
いきなりのダンジョン合宿宣言…
ハルトは先生が立ち上がった時に頭に置いたおでんの空パックの僅かな残り汁が目に入り涙がとまらなかった。
つづく