憂さばらし
食べ物の恨みは恐ろしい。
先生に歯向かうのも恐ろしい。
たぶん…昨日の中庭で
「おでんバカ」
と若菜先生に言ってしまったのが良くなったと思う。
早朝に若菜先生が俺の部屋の扉を自動ドアへと
【想像魔法】で変えてしまった。
多感な年頃の俺のプライベートは完全に失われた。
だって誰か横切るだけで扉を開くし。
使用人とか騎士さんとか用もないのに扉の前に立って
ウィーンウィーンして遊ぶし!
謝ろう…これは若菜先生に謝って扉を元に戻してもらおう。
「私〜先生なって7年になります!」
「さすが若菜先生です〜」
(言わなくて良いと思うよ、木田さん。)
「初めて会った日に生徒からバカと言われましたー」
(謝らなければ俺の今後が危うくなりそうだ…)
昨日の教室?に呼ばれた俺と木田さん。
明らかに先生から俺への敵意を感じる。
「ハルトは今の自分の立場がわかっていません。一番弱いのに強気で危険です。」
(いや…わかってますよ。先生は腹いせに一番弱いと言いたかっただけだ。)
「だから今から2人の能力の底上げをします!」
やっぱりそういう顔になりますよね?
隣りの木田さんは目を見開いて「あんたさぁ〜」風の
お顔でこちらを睨んでいる。
ごめんなさい木田さん。巻き込んでしまって…
「じゃあ最初は回避&防御の特訓です!」
特訓?
これは先生のストレス発散では?
昨日の訓練所に移動し先生はいつのまにか着用していた腰くらいまでの長さの青いマントと背中の間から木製の杖を取り出した。
何か…無駄に仕草がカッコいいんだが、何故か認めたくはない。
対面にいる先生は更に俺達から離れていく。
「ハルト!この距離はなんの距離かな?」
わかりません!
「男子でしょ?この距離わからないの?」
わかりません!
「もう!にぶトなんだから!」
……
ちょ!うわ~!
間一髪だ。違う…わざとスレスレを狙って撃ったのか?
先生の杖の先端が輝いたと思ったら、いきなり光りの球が勢いよく飛んできた…
俺の左頬をスレスレで通過し後ろの地面に着弾したんだが、良く見なくてもわかる。
俺の顔くらいの穴が地面にあいている。
「先生!今のはなんですか?危ないです!」
先生は杖を野球のバットのように振り回している。
「もう!これはピッチャーとバッターの距離です」
いやいや…今の球は何だと聞いているんだ。
……
ライトボール。
先生は光りの球をそう呼んだ。
聖女のような聖属性がある者が使用できる初歩魔法らしい。
初歩で地面がえぐれるのか…
先生曰く。
俺と木田さんの回避&防御の底上げの為に沢山撃ちまくるらしい。避けるなり防ぐなり自分達で考えて対応しなさいと言われた。
「ただの憂さばらしだろこれは…」
えいえいえ〜い!
幼稚なかけ声とは裏腹に光りの剛速球が無数に襲ってくる。
しかも明らかに俺への狙い球だ。
全然、木田さんに向かっていない。
「ハ、ハルト…ガンバレー」
めちゃくちゃ小さな声で応援された。
わざとスレスレ狙いなのか?
奇跡的にかわせているのか?
どっちでも良い。
一発喰らえば骨折確定球だ。
苦し紛れ…いや男子としては最低かも知れないが
骨折よりは軽蔑を選ぶ。
「お前…ふざけるなよ!」
今度はハッキリ愚痴が聴こえた。
俺は盾を構えて屈んでいる木田さんの後ろに避難した。
【盾】と【盾使い】の二重防御。
木田さんは盾を構えて前を向いたまま左腕で俺を叩こうとしているが俺は左腕が届かないくらい右側へよって木田さんの側面に貼り付いた。
異性にこれほど密着された(自らした)のは初めてだったが出来れば球のない世界線で密着したかった。
木田さんの耳が赤いのは、たぶん盾の体制を保つのに力が必要だからだ。
ギリギリなのだろう。
木田さんの構えている盾に衝撃がはしる。衝撃音がするたびに、木田さんの吐息が聞こえてくる。
俺はしっかり右側面にはりつき吐息を聞き漏らさないように努力をした。
「もう腕が…」
木田さんの弱音を聴き取った俺は彼女を励ました。本来なら2人で木田さんの盾をささえるのが最善策かもしれないが俺は応援を選んだ。
…だって盾の適正ないから持ち上がらないもん。
腕の力が弱まっていても木田さんの目力は荒々しいままだ。
視線だけで思いが伝わる。
わかるよ木田さん…
「お前…マジふざけんな!」
だろ?
先生からのライトボールがとまった。
俺と木田さんは土埃が舞う中、盾の左右から各々の顔をだした。
「なかなかしぶといです。よってレベル1から一気にレベル20まで引き上げます。」
嘘だろ?
レベル1だったのか今までのライトボールは
ハルトは周囲の地面が穴だらけになっていることを確認したうえでレベル20の威力を想像し…生唾をのんだ。
「先生!因みにライトボールってレベル何まであるんですか?」
今の段階で無傷なのは、間違いなく木田さんの
【盾使い】スキルのおかげだ。俺はその木田さんにくっついただけだ。でもレベル1のライトボールでもジリ貧だ。先生はお互い協力しろと言ったんだ。
今の俺にできる事は、力で抗うのではなく…
言葉で交渉し穏便にすます事だろう。
これ以上、木田さんには迷惑をかけたくない。
先生は杖を振り回すのをやめて、その杖を俺に向けた。
「レベル何?」
少しだけ沈黙したあと…先生はため息をついて近づいてきた。
昨日まではなんとも思わなかったが今は怖くて動けなかった。
近づいてきた先生は杖を俺の肩口にあてグリグリ押し込む。
「なんだハルト!わたしにビビって動けないのか?」
悔しいけど…俺は小さな声で「はい」と答えた。
「おのれの立場と実力を自己分析する事は、この世界では大変重要な事です。安易な発言と行動はとても悲しい結末をむかえる事があるます!」
またハルトは小さな声で「はい」と言った。
この人に逆らっちゃ駄目だ…
動けないハルトの耳元で先生は言った。
「私はレベル45の【聖女】よ。ハルトが見てるライトボールはね今レベル20。浮いている数は千。当然さっきのレベル1より威力はあるのよ。」
先ほど先生がいた場所に光りの球が空間を埋め尽くすかのように浮いている。
先生は数を千だと言うけれど、とても数える気にはなれない。
「因みにあれ…撃ち終わっても45連装だから!」
あれを…あの数を40回以上連射可能なのか?
(……あんたが魔王だろ)
つづく