第八話 お風呂ですわ!
「ほらにゃあ吉。暴れてないで入るで!」
「嫌だと言っているだろ!私一人で入らせてもらう!」
「やから!一人でお風呂入れる猫なんかおらんやろ!」
私はにゃあ吉と脱衣所の前で、少しばかりの格闘をしていた。
つい先程のこと、にゃあ吉の獣臭に気付いた私は、お風呂に入る事を提案した。
にゃあ吉はそのことに納得して、すぐにここまで来てくれたのだが、私との解釈の不一致があった。
私は一緒に入るものだと思っていたのが、にゃあ吉は一人で入れると思っていたみたいだ。
その様な理由で、この様な下らない争いが起こってしまったのだ。
「やからにゃあ吉!猫の手じゃ背中とか届かへんやろって!私が洗ったるからいうこと聞きなさい!」
「そこらの猫と一緒にするな。私なら体を組まなく洗う事など容易な事だ」
話は進まず、水掛け論が続くばかり。
どうしたものかと考える中で私は一ついい事を思いついた。
「まぁわかったわにゃあ吉‥。ひとまず脱衣所に入らへん?こんなに騒いどったらみんなが心配してここまで来ちゃうかもやろ?」
「‥わかった」
にゃあ吉は何か嫌な予感がしたのか少し警戒していたが、渋々了承してくれた。
私が脱衣所のドアを開けると、にゃあ吉はゆっくりと中へ入っていく。
(‥計算通り)
私は口角を上げて、不適な笑みを浮かべる。
今の顔は正に原作と同じく、リアの悪役令嬢としての表情と酷似しているだろう。
私も中へゆっくりと入る。
「では改めて話し合おうか。まぁ私は何を言われても一緒に入る気などないがね」
「ガチャッ」
金属が擦れる様な音が部屋に響く。
「これで逃げられへんなにゃあ吉」
私は脱衣所の鍵を閉めたのだ。
今日来たばかりのにゃあ吉は、この鍵の存在を知るわけがない。
にゃあ吉はしてやられたと、怒りにも似た苦悶の表情を浮かべていた。
「はなから話し合うつもりなどなかったというわけか」
「聞き分けの悪い猫ちゃんにはこうするしかなかってん。ごめんな」
完全に私は悪役と化していた。
今の私は原作のリアにも引けを取らないだろう。
「何故そこまでして一緒に入ろうとするんだリア。私と入って恥ずかしくないのか」
「ん?全然」
にゃあ吉は驚きながらボソボソと「この姿だからか」などとよくわからない事を口にしている。
「え?もしかしてにゃあ吉恥ずかしいから一緒に入りたくなかったん?」
にゃあ吉は少し俯く。
「恥ずかしいというよりも、リアはまだ少女とはいえ、貴族の令嬢だ。男の私の前で肌を晒すというのはよくないというかだな‥」
なるほどそういう事だったのか。
私の為に気を使って、頑なに一緒に入らないと言っていたのか。
常に裸な様なものなのに恥ずかしがっているのかと、不思議に思っていたがその理由ならなるほどと頷ける。
(にゃあ吉は猫やけど紳士やからな)
「ならなるべくでいいから見ない様にしてや、私もタオルとかで隠す様にするから」
「だからそういう問題ではっ、」
私はにゃあ吉の言葉を遮って話し始める。
「さっきも言ったけどその体やったら洗いにくいところとかもあるやろ?にゃあ吉はあんな状態やってんから、随分と疲れてるはずやし。友達として少しくらいは労わしてや」
「その言い方は‥ずるいと思うぞリア」
にゃあ吉は仕方なさそうに、共に入る事を了承してくれた。
にゃあ吉は「先に入っている」と言って、風呂場まで走って行った。
私は服を脱ぎ、それを洗濯カゴに入れた後、タオルで体を隠す様にしながら風呂場に向かい戸を開ける。
開けると湯気が立ちこもっており、薄くかかった湯気の先に風呂場があのが見える。
前世で済んでいた家は洗い場と浴槽はすぐ隣にあったのだが、ここは洗い場から風呂場まで数歩ほど歩かなければならないほどの距離がある。
お風呂場全体が使用人さんのおかげでとても綺麗にされている。
床のタイルなども少しの滑りもない。
私は軽くシャワーを浴びてから、浴槽に向かった。
浴槽の広さはホテルに行かないと見ない様な大きさで、私は「いつ見ても広いなぁ」などと言いながらお風呂の広さに改めて感動していたのだが、ある事に気づく。
「あれ?にゃあ吉どこや?」
浴槽に辿り着いたが、にゃあ吉の姿がない。
先に入ると言っていたから、てっきりもう湯船に浸かっているとばかり思っていた。
私は辺りを少し見渡した。すると壁の隅にいるにゃあ吉を見つける。
「‥何してるん?」
「いや、着替えを見るわけには行かないと思って先に来たのだが‥」
「浴槽に入る前にシャワーを浴びようとしたけど、蛇口が回せなかったとか?」
「何故それを?!」
シャワー付近には無数の猫の手形があった。
(逆になんでこれで、バレへんと思ったんやろ)
「それはわかったけどなんでそんな端におるん?」
「元々浴槽の端にいるつもりだったんだ。リアの体を見るわけにはいかないからな。けれど先程言った通り浴槽に入れなかったため、こうして洗い場の隅になってしまった」
私はにゃあ吉を持ち上げる。
「私のことを思ってくれてるんはわかるけど、気にしすぎ!」
そういうとにゃあ吉は「確かに過剰だったか」と少し落ち込んでいた。
私の為を思っての行動だから責めるのも違う気はするが、せっかくのお風呂なのに疲れてしまうかもしれないし、もう少しくらい気を抜いてほしい。
私はその後に、にゃあ吉の体を洗ってあげた。
されるがままに洗われるにゃあ吉の姿が、いつもの大人びた性格のにゃあ吉とのギャップを感じ、随分と可愛らしく感じた。
洗い終えるとにゃあ吉は湯船に浸かりに行き、私も体や髪を洗った。
久しぶりのシャワーはとても気持ちが良く、汗を流せたことがとても嬉しく感じた。
洗い終えた後、私も湯船に入ろうと浴槽に向かう。
当然にゃあ吉は既に入っている、そんな当然な光景を見て私は驚愕する。
(お風呂に浸かってるにゃあ吉かわええ!)
浴槽の下に足がつかないにゃあ吉は浴槽の縁に両手を置いていて、顔はいつもの大人びた表情ではなく目を瞑り、蕩けている。
私はゆっくりと湯船に浸かり、にゃあ吉に近づいていく。
にゃあ吉は今だに目を瞑ったままだ。
私は襲いかかる様ににゃあ吉に抱きつこうとするが、ギリギリのところで自分の理性がそれを止めた。
(危ない!ただでさえ、にゃあ吉は気を使って私の体を見ない様にしてくれてるのに、抱きついたりしたら何の意味もないやん)
そうは言っても何て愛らしい見た目なんだと、私はにゃあ吉を見つめる。
抱きつきたい、顔を埋めたい。
「ダメだぞリア」
無粋な考えを見抜かれたてしまった。
「ごめんなさい」
私たちは隣り合いながら湯船で温まる。
十分と体が温まり始めた後、私はにゃあ吉に話しかける。
「にゃあ吉はどっか行きたいとことかない?」
「何だ急に」
突拍子のない質問に対して不思議そうにしながら聞き返す。
「私いつもは勉強とかせなあかんねんけど、明日はやることなくて暇やねん。やからどっか一緒に行きたいなぁって思って」
「なるほど」とにゃあ吉は言って、少し考えてから口を開いた。
「‥強いていうなら図書館だろうか」
「図書館?やったらラスティアにあるな。
「ラスティア?それは何処だ?」
「ラスティアは、この屋敷のある丘を降りて直ぐのところにある町の名前やで。それで図書館には何しに行きたいん?」
別ににゃあ吉が何処に行きたいか予想していた訳ではないが、図書館に行きたいというとは思っておらず、私は質問を返した。
「ここ最近少し気になることが合ってな。図書館に行けば最近の新聞なども置いてるはずだから、それらに目を通しておきたい」
「そうなんや。じゃあ明日は図書館いこか」
「リアはいいのか図書館で?興味がない様に思えるが」
にゃあ吉は気を使って私にそう質問する。
「ええよ別に。城下町行くんやったらついでに買い食いとか出来るし」
「そうか。なら良かった。では明日よろしく頼む」
「うん!楽しみやわ」
私たち二人は気を抜きながら明日の予定を立てる。
こうして友達と一緒に明日の予定を決めると言った行為が私には懐かしく感じた。
お風呂を上がった後、まだ夕方にも関わらず、私たち二人は自室のベッドで横になった。
今日帰って来たばかりなのが原因なのだろう。
早速にゃあ吉は眠っていた。
私はにゃあ吉に布団をかけた後、改めて横になり目を瞑る。
明日にゃあ吉とお出かけすることを楽しみにして、私もその後直ぐに眠りについた。