第七話 ママですわ!
「うわーん!ごめんやんママー」
私は家に帰って早々、酷く叱られていた。
ボロボロになった服のことを怒られるとばかり気にしていたが、それ以前に森の中で丸一日迷子になったことが母の逆鱗に触れた。
「泣いたって今回ばかりは許しませんからね!もし何かあったらどうしてたの!」
怒鳴る様に私に説教する母だったが、徐々に涙を浮かべ始める。
「本当に‥本当に心配したんだからね!このバカ!」
そう言いながら私に抱きつく。
執事に聞いた話だと、母はどうやら昨日私が迷子になったと聞くとすぐに家を飛び出し、豪雨の中も必死に探し出そうとしてくれていたそうだ。
「ほんとごめんなさい。うわーん」
母に対する申し訳なさと、そこまで真剣に私の事を思ってくれたことに感動して、声を出しながら涙を流す。
私が泣いているのに釣られてか、遂に母も涙を流し始め、母と私は二人揃って泣き喚く。
二人して散々泣いた後に、すぐそばで様子を見ていた父が私たちの隣へやってきて、私に話しかける。
「リアこれからは何か用がある時は一人で行動してはいけないよ。何処かに行く時はちゃんと誰かと一緒に行動するんだ。いいね」
「わかった。パパにも心配かけてごめん」
まだ涙を流しながら、反省を見せると、父は優しく頭を撫でてくれた。
父は昔から私に大きな声をあげて怒ったりはしない。
けれど私が間違った事をすると、必ず注意してくれる。
その後母は立ち上がり、「分かったんならいいわ」と言ってくれた。
よかった。これで説教は終了だろう。
(今回はしっかり反省せなあかんな)
そんなふうに説教は終わったとばかり思い込んで、一安心していた私に、母は途端に近づいてきて、私の肩を掴んだ。
「え?!‥どうしたんですか‥ママ様」
そして母は、私が森でボロボロにしてしまった服を見せながら、口を開いた。
「じゃあ次はこのボロボロになったお洋服についての、説教を始めましょうか」
「いややー!」
屋敷中に私の声が響き渡った。
合計半日ほどは怒られただろうか。
私は一生分と言われてもおかしくないほどの涙を流した。
「もう怒られる様な事はしません」
「よろしい!」
私の反省を最後に説教は終わりを迎えた。
けれどまだ課題は残されている。
「ママ!ちょっと待って」
立ち去ろうとするママを呼び止める。
にゃあ吉の件が控えているからだ。
ここからが本番と言っても過言じゃないと思い、徐々に緊張が増し、鼓動が速くなっていく。
ママは一体何の様なのかと、不思議そうにしながらも私が口を開くまで待ってくれている。
「にゃあ吉。こっち来て」
私がそういうと、少し離れたところからにゃあ吉がこちらに向かって歩いてくる。
にゃあ吉の足音だけが屋敷内を響かせる。
私が母に叱られているさっきまで、執事がにゃあ吉の面倒を見てくれていたのだ。
こちらに辿り着くと私はにゃあ吉を抱き抱えて母に問いかける。
「あのー。にゃあ吉と一緒に住んでもいい?ですわ‥」
実は帰る道中に、にゃあ吉と会話する中で、にゃあ吉は帰る場所がないという事を知ったのだ。
私は勢いで、「じゃあうちに住めば良いやん!私の部屋広いし!」と言ってしまった。
正直にゃあ吉と暮らすのは楽しそうだから叶えたいと思うけれど、母が許してくれるかどうかまでは頭に入れていなかった。
母は頭に手を当てながら眉間に皺を寄せて、少し唸る。
「うーん‥リアは黒猫については知っているの?」
少ししてから母は私にそう質問する。
「うん‥。執事から聞いた」
「そうならいいわ」
私は目が点になる。
母はもっと渋ると思っていたからだ。
こんなにもあっさりことがすんで、喜ぶべきなのだろうが、それよりも驚きが勝っていた。
「えっいいの?」
「えぇ、リアが全て承知の上でその子を受け入れるのであれば私は止めたりしません」
笑顔で母はそう告げる。
「正直‥ダメって言われると思ってた」
「私はリアが悪い事をしたら先程みたいに怒りますけど、別に何も悪い事をしていないなら私は注意したりしません」
そう言って母は父とその場をさっていく。
そして去りながら話す二人の会話が僅かに聞こえてくる。
「よかったのかい?黒猫といえば、あまりいい噂を聞かないけど」
「あの子はそれらを承知の上で暮らしたいと言ったのですから、構いません。それに私はリアのいいところはこういったところだと思うんです。」
「こういったところ?」
「ええ。先入観や身分に囚われず皆と平等に接し仲を深め合う。そう言ったリアの性格は、きっと周囲の人々を幸せにしてくれる。そして何よりあの子自身も幸せになる。そう思うんです」
「ですから私はそう言ったあの子の生き方を否定したくはないのです」
私は母に勢いよく抱きついた。
「ママのそういうところ大好きやでー!」
そう言って母に頬擦りする。
母は「この距離で聞こえていたの?!」と驚いている。
一応話しておくと、こんな風に母と接している私だが、実は母との思い出をあまり覚えてはいない。
前世の記憶を取り戻したのが原因だ。
私は記憶が曖昧になってから、これから私はどう母と接すればいいかと悩んだりもした。
けれど覚えていなくても、ずっと母は私を愛してくれていた事は心に刻み込まれている。
何より私自身がそんな母の事を愛してやまない気持ちは記憶が戻っても尚、昔から根付いていたままだった。勿論その気持ちは今も変わらず続いている。
離れずくっついている私に母は照れながらも、私を止めはしなかった。
「リアの周りはいい人達ばかりだな」
自室に戻ってにゃあ吉は窓辺に座りながら私にそう言った。
あの後にゃあ吉は「許可はいただいたから適当に空き部屋を使わせてもらえないか」と言っていたが、私は強引に自室に連れ込んだ。
逃げない様抱きしめて、ここまで連れきたのだが、道中「何故一緒の部屋じゃないといけないんだ!」と怒っていて、ここまでくるのに随分と苦労した。
部屋に入って少しの間は不満げだったが、今はこうして窓辺で落ち着いる。
「私が、今まで生きてきた環境では、私を見るなり逃げるような人間ばかりだったからな。ここまで簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかった」
にゃあ吉はてっぺんにある太陽を眺めながら、感慨深そうに話す。
「確かにここまで簡単に受け入れてもらえるなんて私も思ってなかったわ。やっぱりいい人たちばかりやと再認識した。ほんと私には勿体無いくらいや」
「何を言う。リアもそのいい人たちの仲に入っていると私は思うがね」
私は素直に褒められて嬉しくなり、少し頬を染める。
「にゃあ吉は褒め上手やなぁ!」
私は照れ隠しをする様ににゃあ吉を撫で回す。
にゃあ吉は唸っている。
「ん?にゃあ吉?」
私は突然撫で回す手を止めた。
そしてにゃあ吉の体に顔を近づけて、匂いを嗅ぐ。
「何なんだリア。次は一体‥」
「‥にゃあ吉お風呂行こか」
にゃあ吉からはとても野生的な匂いがした。
「それはどういう‥‥もっと遠回しに言ってくれ」
にゃあ吉は全てを察して、落ち込んでいた。