第一話 転生ですわ!
「もう一度お願いできますか。ですわ」
「‥わかりました。もう一度最初から申し上げますね。魔導教科書51ページ一行目から音読して下さる」
「‥先生、魔導教科書とはどれのことですか。ですわ」
「思い出した!!」
私は大声をあげてベッドから飛び起きた。
まだ日が登って間もない時間だ。
カーテンから日差しが差し掛かり、窓外から鳥の鳴く声が聞こえてくる。
私はベッドの隣にある鏡で自分の顔を確認する。
腰まで綺麗に伸ばされた髪の色はまるで不気味な夜空のような濃い紫。
瞳は金色に輝いてる。
目鼻立ち輪郭は整っているが、それが故に目立つこの鋭い目つき。
次に私は、クローゼット前に立ち。勢い良く扉を開けた。
そこに並べられているのは真っ黒なドレスばかりだ。
間違いない。
「どうかいたしましたかお嬢様!」
私の中で結論が出たところで、メイドのアリアが血相を変え、扉を勢いよく開けて部屋へ入ってきた。
いつもの私よりも早い時間に起きたからか、大声を出したからか、ともかくよっぽど私のことを心配してくれたみたいで、走ってここまで来たようだった。
髪はボサつき息を切らしていた。
「大丈夫やでアリア。わざわざ見にきてくれてありがと」
わたしの安全を確認するとアリアはそっと肩を撫で下ろし、シワになったメイド服をサッと伸ばした後、いつものように朗らかで優しそうな顔立ちで私に笑顔を向けてくれた。
アリアは私が幼少の頃より支えてくれているメイドで、10歳になった今でもドジな私のことをいつも気遣ってくれている。
こうして私に何か起きたかもしれない時は決まって、すぐに駆けつけてくれるのだ。
私はそんなアリアを面倒見が良くて頼れるところから、実の姉の様に思っており、現に姉のように接している。
「ほんと驚きましたよリア様。いつも遅くに起きるお嬢様があんな大声を早朝にあげるんですから、何者かがリア様をお襲いになったのではと」
「確かに朝からあんな大声出されたらびっくりするよな。私もアリアと同じ立場ならきっと驚いてるやろうし」
「‥あれ、お嬢様?」
ふとアリアは不思議そうな顔を浮かべ私の顔を見つめてくる。
「ん?ど、どうしたんアリア?じっと私の顔なんか見つめて」
「あっ、!失礼しました。そのお嬢様で間違い無いと思うんですけど‥リア様口調お変わりになりましたか?」
「あれ?」
(そうやった!私今の年までずっとお嬢様として生活してたんや!)
そう、生まれてから今の年になるまでの10年間、私はずっと貴族令嬢リアとして過ごしてきたのだ。
そしてついさっき思い出したのだ。過去の記憶を。
いや前世の記憶、花園桜として生きてきた記憶を。
私は小学生まで関西で過ごし、中学に上がるタイミングで東京に引っ越した。
そこで出会った新たな友達と私は青春を満喫していた。忘れもしない中学から高校二年生までずっと一緒にいた6人の親友たち。
何故高校2年生までなのか。
それはその年にみんなで行った旅行先で私たちは命を落としてしまったからだ。
その後私はこうして貴族令嬢リアとして転生したのだろう。
そして何より貴族令嬢リアといえば私にとって、いや親友たちにとっても聞き馴染みのある名前なのだ。
昔みんなと一緒にプレイした激安ゲーム、
「LOVE SCHOOL」の悪役令嬢キャラクターだ。
まぁ今はそんなことどうだっていい。
思い出した記憶で今までのリアとしての殆どの記憶が上書きされてしまい。寝ていた時に見た夢ほどにしか覚えていない。
(一体どないしたらええんや‥)
「そうや!」
「ど、どうなされましたかお嬢様?!」
私はふと思い出した。
そう言えば作中でリアは生粋の貴族として振る舞っていた。
そして何より特徴のあったあの語尾。
それを支えばきっと元のリアとしての貴族らしさをとり戻せるはず。
「どう‥なされましたかお嬢様」
アリアはとても不安そうな顔を浮かべていた。
そんなアリアに私は言葉を返す。
「なんてことないで‥なんてことないですわ!」
こうして私の語尾、ですわ生活が始まってしまったわけだけど。
(どないしよ、、これから貴族のマナーとか覚えていかなあかんのよな。)
私は酷く悩んでいた。
前世では勉強はおろか一般常識すら知らなかったのだ。
もう正直お先真っ暗だった。
「リア。話は聞いているの?」
「うん。聞いてるで‥聞いてますですわ!」
「、、、ならいいのよ」
今ママに無理やりやらされている、この貴族マナーというのも全く身に入らない。
(正直逃げ出したい‥)
(その手があったか!)
私は逃げ出した。
「コラ待ちなさーい!」
激怒する母を差し置いて私はスカートを捲し上げながら必死に、町まで逃げ込む。
「はぁはぁここまでくれば大丈夫やろ」
私は町近くの丘の上まで来ていた。
(後少し歩けば城下町か)
そんなことを考えながら丘の上からの景色を眺める。
夕暮れ時に近いのもあって、太陽は沈み始めていた。
町の方角を確認しようと、丘の上から辺りを見渡す。
すると飛び込んできたのは、夕日と町が重なった何とも美しい景色だった。
ゲームでしか見た事ない世界が広がっており、私はそれに圧倒される。
「すごいゲームのまんまや。
ほんまにここ「LOVE S CHOOL」の中なんや」
私は走って丘を下る。
丘に吹く風も、それで靡く髪も、靴底から伝わる芝生の感触さえも素晴らしいと思えるほどに私は気分が高揚していた。
息を切らしながら町に着くと、自分がゲームの主人公になったかの様な感覚になる。
これが主人公が暮らしていた世界かと、私は浸りながら町を散歩する。
ゲームでは知ることができなかった宿屋からかおる料理の美味しそうな匂い。一人一人の人間模様に町を歩く人たちの何気ない会話。
私はその一つ一つの体験がとても貴重なものに感じた。
(あっこの店、ゲームでもよることできたんやっけ)
ところどころにゲームでも見たような建物や人物が目に入る。
(あの時あいつがボタン連打して意味ないアイテム買いまくって所持金付きたんやっけな)
(あ、あの人!ミニミッションの「猫を探せ!」の依頼主や!あの子が説明を飛ばしたせいで結局丸一日このミッションクリアするのにかかったんやっけな。懐かしいなぁー)
そう思った瞬間ふと我に帰った。
高揚していた気分は平坦になり、少し寂しさを感じ始める。
「‥みんなどうなったんやろ‥」
前世では皆と行動を共にすることが多かった。
行ったことがない場所に行く時は必ずと言っていいほど、みんなが側にいた。
本来いたはずの人たちが今は隣にはいない。
そう言った喪失感が私を襲った。
「そうや!もしかしたら私だけやなくて、みんなだってここに来てたりるかもしれへん!‥なんて」
先程まであんなにはしゃいでいた私は何処へやら、落ち込みながら私は家に帰った。
帰るとママが待ち伏せしており、酷く怒られた。
けれど、どこか落ち込んだ私の様子を察したのかママは早々に怒るのを切り上げ、私に部屋へと戻るように言いつけた。
私は部屋に戻ると明かりもつけず、すぐにベッドへ飛び込んだ。
少ししてから、勢いよくため息を吐く。
「はぁ落ち込んでばかりじゃあかんねやろうけど。またみんなと会いたいな‥」
私は少し黙り込みそして、飛び起きるかのように立ち上がる。
「そうや!落ち込んでばかりじゃしゃあないねん!クヨクヨしてても何もならへん!何よりみんなも私のこんな姿絶対望んでへん!この世界で楽しく生きていくんや!今度こそ生涯を全うする!」
私は自分を鼓舞するかの様に大声を出す。
そして今口にした自身の言葉に疑問を覚えた。
疑問を覚えたのは、生涯を全うすると言ったところだ。
それはつまり貴族令嬢リアとして、一生を送るという事。
「LOVE SCHOOL」でのリアの扱われ方が断片的に蘇ってくる。
「生涯?‥リアの生涯って‥。あれリアのラストって確か」
私の中に「LOVE SCHOOL」の記憶が、リアについての記憶が蘇る。
「確かリアはどの選択肢を選んでも結果死んでしまうネタキャラやったっけ。そんな不憫さが可愛く思えてきて、私はあの作品の中でリアが一番好きなキャラなったんやっけな‥。まぁええわ。私なら何とかなるやろ!おやすみ!!!」
私は考える事をやめ、眠りについた。
これから降りかかる死の運命の過酷さを知らずに。