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汽笛とバイオリン その2

 千頭(せんず)駅を出て五十分ほど。バスは終点の家山(いえやま)駅に到着しました。

 ドアが開くと、カナホは運賃箱に整理券と小銭を入れ、運転士さんにお礼を言って、二段あるステップを一気に飛び降ります。

 その後ろから、シアンが無言で整理券と運賃を入れて、一段一段丁寧に降りました。

「シアンちゃん、行こ」

「カナホそっちじゃないよ」

「えへへ。間違えました」

 カナホとシアンはもらったメモを見ながら町を歩いていきます。

 きっと、ずっと昔から人の暮らしている地域なのでしょう。古民家が多く、レトロな町並みです。

 しばらく歩くと、田畑が広がる景色へと変化しました。

 水を入れた田んぼでは、青々とした稲が順調に育っています。

「ねえねえ、カナホ」

 リュックサックのチャックは少し開けてある。そこからクロエが顔を出して声をかけます。

「ん? どうしたの。クロエちゃん」

 カナホの声はどこか弾んでいます。

「カナホって、バイオリン好きなの? なんだかすっごく楽しそうだけど」

 クロエに続いてリュックの中から、

「うん。確かに嬉しそうだね」

 ラピタと、

「最近ずっとニヤけてる」

 フィーナが言います。

 カナホは空を見上げて、少し考えてから口を開きます。

「バイオリンってね、色々な大きさがあるの」

「あの、床に置いて弾くおっきいやつとか?」

 クロエが尋ねます。

「ううん。あれはコントラバスとか、チェロとか、別の楽器」

 カナホは顎を引き、腕を伸ばして演奏するときの体勢を表します。

「バイオリンってこうやって弾くでしょ。だから、腕が短いと弾けないの。だから、体が小さい子供用の、小さいバイオリンがあるの」

 カナホはさらに続けます。

「私もね、音楽教室があった頃は子供用のちっちゃいバイオリン使ってたんだけど、お父さんはおっきいバイオリン使っててカッコいいなって思ってた。だから大きなバイオリンが弾けるのが嬉しくて」

 そこで、シアンが口を開きます。

「でもそれって大丈夫なの? カナホって小柄な方だし、指短いし、弾けるの?」

 カナホは手や指を動かしながらイメージトレーニングをします。

「第一ポジションのG線は指届かない気がする」

 その場にいるカナホ以外の全員の頭に?が浮かびました。

「まあ、コンクールに出るわけじゃないし、出せる音で弾ける曲を弾いたらいいだけだから」

 カナホはそう言って笑いました。

「なんだかよくわからない話だけど、カナホがいいならいいんじゃない?」

 リュックの中からフィーナが言いました。


 そうこうしているうちに、カナホたちはお目当ての家に到着しました。

 古い木造の古民家です。

「ここね」

 シアンはメモを見ながら言って、呼び鈴を押しました。

 しばらくして、一人の女の子が出てきます。小学校低学年くらいに見えます。

「あ、あ、あの、ご用件は」

 女の子はオドオドした様子で尋ねます。

「えっと、今、あなただけ?」

 シアンが尋ねると女の子は困ったように「あ、あの、えっと」とどもります。

 そこで、カナホがシアンの前に出ました。

 腰をかがめて、女の子と視線の高さを合わせます。

「こんにちは?」

「こ、こんにちは」

雲母(きらら)カナホって言います。こっちはシアンちゃん。お父さんかお母さん今いるかな?」

 すると、女の子は視線をそらします。

「お父さんはちょっと出かけてて、お母さんは……入院してます。お祖母ちゃんは、裏で洗濯干してて……」

 そのとき、女の子の後ろから一人のお婆さんが現れました。

「あらあら。お客さんが来てたんだね。いらっしゃい」


 広い和室に通されたカナホ達。

 ブウーン、ブウーン。扇風機が動いています。

 背筋をピンっと伸ばして姿勢よく正座のシアン。カナホもそれを真似しようとしますが、すぐに脚がしびれたようで落ち着きなくソワソワと体を動かします。

 二人の前のテーブルには、カルピスが注がれたガラスコップ。

 開け放した縁側からは風が吹き込み、風鈴を揺らします。

「お待たせ」

 お婆さんはニス塗りの木製バイオリンケースを持ってきました。そして、カナホの落ち着きのない様子に気が付きます。

「足しびれるでしょ。楽にして」

 カナホはすぐさま足を崩し、太ももを揉みます。

「しびれたぁ~」

 お婆さんは笑いながら、テーブルの上にバイオリンケースを置き、留め金を外します。

 カナホはふともも揉むのを止め、身を乗り出します。

 お婆さんが蓋を開けると、ホコリが舞い、古びたバイオリンが現れました。

「ごめんね。綺麗にして渡したかったんだけど、触り方がよくわからないから、下手なことして壊しちゃうといけないと思って、見つけたときのままなの」

 お婆さんは申し訳なさそうにしますが、カナホは首を横に振ります。

「とっても綺麗です。ちょっと、音鳴らしてみていいですか?」

「ええ。ちゃんと鳴るといいのだけど……」

 カナホは立ち上がり、バイオリンを手に取ります。

 構えてみると、やはりこのバイオリンは今のカナホには少し大きすぎるようです。

 それでも、カナホは弦に弓をあて、音を鳴らします。

 とても、変な音が鳴りました。

「ごめんなさい、壊れていたのかしら」

 お婆さんの表情が曇ります。しかし、カナホは動じません。

「ちょっとチューニングが狂ってるだけだと思う」

 慣れた手つきで糸巻き(ペグ)を回し、音を確認しながら弦の張り方を調整していきます。

 そして、ついにバイオリンは美しい音階を奏でました。

「うん。ばっちりだね」

 カナホは満足げにうなずきます。

「カナホちゃん、凄いね。私には何がなんだか」

 お婆さんは感心して、目をパチクリさせています。

 そこに、さっき玄関で会った女の子がやってきました。

「何の音?」

 カナホは女の子に笑いかけます。

「バイオリンだよ」

「綺麗な、音」

 女の子の手はクレヨンで汚れ、そして一枚の画用紙が握られています。

「お絵描きしてたの?」

 カナホが尋ねると、女の子は少し恥ずかしそうに絵を見せてくれました。

 蒸気機関車――SLの絵です。

 黒いSLがモクモクと煙を吐きながら走り、その後ろには茶色い客車が数両連なっています。

 客車には女の子と、それから男の人、女の人が一人ずつ乗っています。両親でしょうか。

「上手だね」

 カナホはそう言ってから、バイオリンを弾きはじめました。


 演奏を終えると、女の子の目はキラキラと輝いていました。

「バイオリンって本物はじめて見た」

「けっこうおっきい音出るでしょ」

 それから、カナホと女の子は雑談をはじめました。

 女の子の名前はヒロミというらしいです。

 途中からシアンも加わり、三人でワイワイと盛り上がります。

「ママね、今入院してるんだけど、これからお見舞いに行くの。パパが差し入れを買いに行ってて、帰ってきたら連れていってもらうの」

 ヒロミはそう言いました。

「そっか。はやくよくなるといいね」

 カナホが柔らかい口調で言います。

「うん。来週には退院できそうだって」

 そのとき、玄関の方から物音がしました。誰かが来たようです。

「ただいま」

 現れたのは男性だった。

「おかえり、パパ」

 男性はヒロミの父親でした。


 三十分後。

 カナホとシアン、ヒロミとその父親は駅へむかって歩いています。

 駅前からバスに乗って家に帰るカナホ達と、駅から列車に乗ってお母さんのお見舞いに行くというヒロミ達。駅まで一緒に行こうということになったのだ。

 カナホは背中に妖精たちの入ったリュックを背負い、バイオリンケースを肩からかけています。

「今日はね、SLに乗せてもらうの。いっぱい煙が出て、凄いんだって」

 ヒロミは楽し気に話します。

「さっき見せてくれた絵のやつだね」

 カナホが尋ねると、ヒロミはうなずきます。

「うん。みんなでSLに乗ってる絵だよ。本当はね、ママ先月退院するはずだったの。それでね、今日は三人でSLに乗るはずだったの」

 カナホは「うん」と相づちをうちます。

「でね、さっき描いてた絵は、三人で乗れてたらこんな感じだったかなって絵で、ママにプレゼントするの。喜んでくれるかな?」

 ヒロミは肩から下げたショルダーバッグをパンパンと叩きます。中にさっきの絵が入っているのでしょう。

「喜んでくれるといいね」

 ヒロミは返事をしませんでした。それがカナホには少し気になりました。

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