汽笛とバイオリン その1
【大井川鐵道本線 金谷~家山間運転再開記念作品】
これまでの『カナホと星の妖精たち』
私、雲母カナホ。音楽が大好きな小学三年生。
色々あって、伯父さん、伯母さん、それから従姉妹のシアンちゃんの家で暮らしているの。
ある日、偶然手に入れたのは青い宝石の付いた綺麗なハーモニカ。
そしてその夜、三人の星の妖精さんが夜空から落ちてきたの。
カラス座のクロエちゃん。
ウサギ座のラピタくん。
イルカ座のフィーナちゃん。
三人は宇宙用小型機関車に乗って地球にやって来たんだけど、その機関車をもう一度飛ばすには、人が幸せを感じたときに生まれる『心の光』っていうのが必要なんだって。
だから私も、みんなが星の国に帰れるようにみんなを幸せにしようと思ったそのとき。
なんと、ハーモニカの不思議な力で妖精さんたちと融合できるようになっちゃった。
妖精さんたちと力を合わせて、いっぱい『心の光』を集めるよ。
えい、えい、おー!
静岡県川根本町。
丘の中ほどに、町を一望できる公園があります。芝生の広場と、小さな風車がある公園です。
ある初夏の日曜日。
今日の公園はなにやら賑やかでした。
音楽が鳴り響き、大道芸が披露され、男の子達にはヘリウムの入った風船が配られています。何かのイベントのようです。
一人の幼稚園くらいの男の子も、風船を受け取り嬉しそうにトテトテと走り回ります。
そして、ドテっとつまずいて転んでしまいました。その拍子に、風船は手を離れて大空へ。
男の子はすぐに立ち上がりましたが、風船はもう、とてもじゃありませんが手が届かない高さまで上昇してしまっています。
男の子の目に涙が滲みます。
そのとき、一陣の風が吹き抜けます。男の子は思わず顔を手で覆いました。
風が止み、手をよけると空に浮かんでいた風船が無くなっています。
「大丈夫? 怪我してない?」
後ろからこえがしました。
振り返ると、そこに一人の女の子が立っていました。小学校中学年くらいです。
そして女の子の背中には、大きな翼が生えています。
男の子は思わずその姿に見とれていました。
「はい、どうぞ」
女の子の手には男の子が離してしまったはずの風船が握られていました。女の子はそれを男の子に手渡しました。
「一人で立ち上がれてえらいよ。怪我してない?」
女の子に尋ねられた男の子は驚きながらもうなずきます。そうすると、女の子は安心したように微笑みました。
「よかった。もう離さないでね」
そう言い残すと女の子は翼を広げ、あっと言う間に大空へと飛び立ってすぐに見えなくなりました。
男の子に知る由もありませんが、この女の子の名前はカナホといいます。
黒い羽根が一枚、はらりと落ちてきました。
ところ変わって、こちらは千頭駅前のバス停。
その少女は、そわそわと落ち着きがありません。何度もポケットから懐中時計を出して時間を確認しています。
「もう、カナホもクロエも遅い!」
この少女はシアンです。
「うん。大丈夫かな?」
シアンのリュックサックから、ぬいぐるみの様なウサギが顔をのぞかせました。
ウサギ座の妖精、ラピタです。
「そうね。どこで油売ってるのかしら」
リュックサックの中にはもう一人、イルカ座の妖精であるフィーナも入っています。
そのとき、一人の女の子が走ってきました。カナホです。
さっきの様な黒い翼は生えていません。代わりにカラス座の妖精、クロエを腕に抱いています。
「もう、カナホ遅い! バス来ちゃうよ」
シアンが口をとがらせます。
「ご、ごめん。ちょっと寄り道してました」
カナホは息を切らせながら言いました。
そのとき、バスが到着しました。
バスの車内は冷房の風が循環しています。
横並びで座るカナホとシアン。
バスは山間の道を右へ左へクネクネと走っていきます。揺れに合わせて、二人の体はくっつりたり離れたり。
星の妖精は三人一緒にリュックサックに入り、カナホの膝の上です。
「今日は一緒に来てくれてありがとう。シアンちゃん」
カナホは笑みを浮かべます。
「まぁ。カナホを一人で行かせるのはちょっと心配だし」
シアンはそう言いながら窓の外に目をむけました。
雄大な大井川は日の光を反射してきらめいていました。
木々も草木も青々と茂り、いよいよ夏の入り口という雰囲気です。
今日も快晴です。
話は一週間前に遡ります。
伯父さんの家。カナホはここで暮らしています。
その日、学校から帰ってきたカナホは自室でエレクトーンを弾いていました。誕生日プレゼントにもらった大切なエレクトーンです。
ふと、気配を感じて演奏を止めました。
振り返ると、そこに伯父さんが立っています。
「あ、ごめんなさい。うるさかったですか?」
カナホは心配そうに伯父さんの顔色をうかがいます。しかし、伯父さんは穏やかな表情で首を左右に振りました。
「ううん。聞き惚れてた。家に音楽があるのはいいね」
伯父さんは「ところでさ」と言葉を繋ぎます。
「カナホちゃん、バイオリンは弾ける?」
突然の質問に驚きつつも、カナホはうなずきました。
「はい。ちょっとだけ弾けます」
すると、伯父さんもうなずきました。
「実はね、僕の知り合いの家から古いバイオリンが見つかったらしいんだけど、弾く人がいないから、処分しようかと思ってるんだって。でね、もし取りに来てくれるなら、譲ってもいって言ってくれてるんだよ。もしかだったら、もらいに行くかい?」
途端にカナホの目がキラキラと輝きます。
「いいんですか?」
「うん。かなり年代物らしいんだけど、カナホちゃんが欲しいなら」
「欲しいです!」
「わかった。じゃあ、そう伝えとく」
カナホはいっぱいの笑顔で「ありがとうございます」とい言いました。