第六十九話 49層のキーパーボス
鑑定を掛ければ魔人アスラと表示されるのだからパニックになるのも無理はない。
こいつは49層のキーパーボスである。
本当なら正体を突き止めてから戦う必要があるが、48層まで攻略していればいつ出てきたとしてもおかしくないボスなのだ。
それがゲームスタートと同時に地上に出てきてしまっていたというわけだ。
特定の技を連発されると、ソロではどうしても攻略が詰まるという最悪の相手である。
やるしかないかと腹をくくっていると、魔人の後ろに見えていた観客席が霧に包まれだした。
どうやら二刀流を引っ張り出した俺を見て、花ヶ崎が動いてくれたようだ。
頼りになるやつだと思わず感心してしまう。
「閣下」
スケ太郎がこちらに向かって目配せのような仕草をする。
戦いましょうかという意思表示だが、スケ太郎にどうにかできるような相手ではない。
俺は待機するように手振りで指示を出す。
「お前の技なら知ってるよ。究極破壊魔法が使えるんだってな」
「ほう? いったいどこで知り得たというのだ。面白いな」
「そんなものでは俺は倒せないぜ」
「ふん、では究極魔法は使わずに倒してやろう」
馬鹿、そうじゃない。
本当に怖いのはこいつの使ってくる連続攻撃スキルの方で、究極魔法はむしろ使ってもらわないと困るのだ。
「いや、使って来いと言ってるんだ。そんなもの俺には効かないのを見せてやる」
「愚かな。では望み通り受けてみるがいい」
キュルルルルルルという奇怪な音とともに空中にうず状のブラックホールのようなものに異様な力を溜めたかと思うと、次の瞬間には身を焦がすような真っ黒な黒炎が闘技場の上に放たれていた。
「うおっ!」
凄まじい熱量とともに、それだけでHPが6割も持っていかれた。
わざと効いたふうを装うつもりだったのに、肌が炭化して全身を激痛が襲った。
スケルトン三体は今の一撃だけで蒸発してしまっていた。
魔法に強いはずのスケルトンが一撃で倒されるとは相当な威力の攻撃である。
「なんと、これに耐えるか。おもしろい」
面白くねーよと思いながら俺はエクスヒールを連打しながら魔人に向かって駆ける。
すでにラピッドキャストは解放済みだ。
魔人は棒立ちのまま魔剣を振るうが、黒い衝撃波が離れた所まで飛んできた。
それを躱しながらではうまく前に進むこともできずに、もう一度究極魔法を食らってしまう。
ギリギリなんとかというHPで耐えて、俺はまたエクスヒールを唱え続ける。
まずい。
本当に怖いのはランダムな対象に5回攻撃するという連続攻撃スキルの方なのだが、魔剣の衝撃波と究極魔法だけでも回復が追い付かないほどダメージを受けてしまう。
エクスポーションとエクスヒールでなんとか6割のHPまで戻す。
その間にも魔剣の衝撃波は俺に襲いかかってくるが、そっちの方はタイミングがつかめず躱すことすら困難だ。
しかし魔人はまたしても究極魔法を使うモーションに入った。
もはやまるで遊ばれているかのような戦況である。
いいだろう。
そっちがその気なら、こっちも奥の手を見せてやる。
俺は最上級職のダークドミネイターにクラスチェンジすると、移動系最強スキルである瞬歩を発動させて魔人の後ろに回った。
そして剣聖にクラスチェンジし、ありったけ気合を込めてツバメ返しを放った。
それまで余裕こいていた魔人は俺の攻撃を受けて地面に倒れる。
絶大な防御力を誇る魔人のその背中に二本の平行な傷口が走り、相当な深手を負わせることができたのが確認できた。
ここで追撃すると移動スキルを使われて距離を取られてしまうので、俺はまだ完全には回復していない自分のHPを戻すのに専念した。
「馬鹿な」
驚いているが、成功した俺の方が驚いている。
本来ならさすがに戦闘中にクラスチェンジするようなコマンドは表示されもしない。
最上級クラスが持つ、そのクラスでしか使えない固有アビリティを一瞬のクラスチェンジで発動させたのだ。
システムの裏を突くようなチート攻撃が通用してしまった。
「究極に使えない魔法だったな」
そう言ってやったら、魔人は怒りに身を震わせながら究極魔法のモーションに入った。
事がここに至っては、もはやどちらの技を使われたとしても俺が負けることはない。
ツバメ返しのクールタイムは明けている。
勝ちを確信した俺は、今度は正面突撃で究極魔法を受けながら空中に飛び上がり相打ち覚悟のツバメ返しを放つ。
断末魔の雄叫びを上げながら魔人の体は三つに分かれて散った。
倒せたことに安堵して、俺はいるかもわからない神に感謝した。
観客席の混乱はまだ継続しており、闘技場の周りは霧に包まれたままである。
闘技場のシステムはまだ生きているらしく、そのことにも安堵した。
もし闘技場のシステムが作動していなければ、あの究極魔法を生き残れた奴などいないはずなのに、まだ霧に包まれた観客席からは喧騒が聞こえている。
また花ヶ崎には借りができてしまったがそれどころではない。
魔人を倒したことばかりは言い逃れできそうにない。
ドロップとスケルトンの落とした武器を拾っていたら、急に周囲を覆っていた霧が俺の足元まで這い上がってきた。
逃げ出すべきかどうしようか考えていたら、霧の中から花ヶ崎が現れた。
いつもの見慣れた顔に安心感を覚えていたら、なんだか花ヶ崎の様子がおかしい。
いっこうに顔を上げようとせず、いつまでもうつむいたままだった。
見る見るうちに花ケ崎の顔が赤く染まり、やっと顔を上げたと思ったら花ヶ崎は俺の顔を見て悲鳴を上げた。
下を見たら、なるほど自分の燃えカスがこびり付いただけの裸体があった。
「なななななな、なんなのよっっっ!」
「わ、悪い」
俺はアイテムボックスの中から、黒革のダストコートなる迷宮産のアバターアイテムを取り出して身につける。
これが貴方には似合うのではないかしらとか言って、いつか花ヶ崎から渡されたものだ。
普段のレベリングでは暗殺者の衣という認識阻害付きのアイテムを使っていたので、こんな人前に出てくるときには見せられない装備だったのが災いした。
「た、倒したのでしょう」
花ヶ崎はあたり前のようにそんなことを言ってくるが、トニー師匠のビルドじゃなかったらソロでの攻略などに勝機はないような相手だった。
それでも倍率スキルのおかげで、攻撃力だけはステータスが上がるごとに指数関数的に上がるから、ヴァンパイアの時よりもダメージを稼ぐのだけは容易だった。
「ああ、無事に倒したよ」
「そうなの。よかったわ」
どことなくよそよそしい花ケ崎の態度にこっちまで調子がおかしくなる。
「霧はお前がやってくれたんだろ。助かったよ」
「あまり助かってないかもしれないわ。かなり見えていたのよ。その、戦う寸前くらいまではね。二刀流なのも見られてしまったわ」
「逃げた方がいいかな」
このままだと明日のニュースに出る羽目になるかもしれない。
誰が倒したのか不確定なままにしておいた方がいいような気がした。
「どうかしら。こうなってしまったら逆に実力を隠すのは危険じゃないかしら。いっそのこと軍を圧倒できるくらいの実力を見せつけたほうがいいかもしれないわね」
「それも悪くない。ま、なるようになるだろ」
「いいかげんすぎるわよ。真剣に考えなければ駄目じゃないの」
いろいろ考えてくれるのはありがたいが、シナリオの難所をクリアした達成感の方が大きかった。
これで50層台も解放されるし、一番恐れていた魔人による世界の破滅だって回避できた。
これでもう人助けは花ケ崎にでも任せておいて、しばらくは自由気ままに暮らしていこうというような気分だった。
「飯でも食いに行こうぜ」
そう言ったら、花ヶ崎は怒ったような顔を俺に向ける。
そんな顔ですらかわいいとしか思えないのが不思議だ。
「それはデートのお誘いなのかしら。いくらなんでも無礼なのではなくって」
「そんなことどうでもいいだろ。それより行くのか行かないのか」
「行ってあげてもいいかしら」
どうやらこの貴族様は庶民相手でもデートくらいはしてくれるらしい。
それは良かった。
いつ死ぬかなんて本当にわからないのだ。
ならばもっと楽しんでおかなければならない。
その前に寮によって着替えなければ、今の俺は言い逃れできないほど変質者の格好そのものだな。
それにシャワーも浴びておきたい。
そんなことを考えながら俺たちは霧の晴れてきた闘技場を後にした。