第六十八話 対校戦
そして大会当日の日がやってきた。
一条が20層に到達する前にその日を迎えたので、俺は戦いを挑まれるということもなかった。
神宮寺を頼ってなんとかするかもしれないと思っていたが、それもしなかったようである。
当然ながら本来のシナリオではAクラスの魔眼持ちか主人公のどちらかが大会に出るはずだったので、完全にイレギュラーなシナリオだった。
優勝したとしても大した特典があるわけではないから、重要なイベントというわけではない。
しかしここで速水に勝つと主人公の作ったギルドが大きく育つことになるはずだったので、それ自体は起こりようがなくなった。
神宮寺の活躍がなければ第三の勢力どころか泡沫もいいところで、そっちのシナリオにも心配が絶えないが、そこは今のところ神宮寺の効果で順調にメンバーが増えているそうである。
20層を攻略したのだからそれはわからなくもない
これでギルドが育てば、一条の影響力も大きくなるはずである。
そんなことを考えているうちに、一回戦の試合はどんどん進んでいく。
東京組はみんなシードを獲得しているので、戦わずして勝ち残りとなっていた。
総当たり式の団体戦も、桜華学園チームは熊本との初戦になんとか勝利した。
どうにかこうにか伊集院が最後まで立っていたというくらいの接戦で、有名ギルドの関係者ばかりを集めたチームにしてはどうにも余裕がない。
それでも観客席からは大きな歓声が上がっていたから簡単でいい。
観客席には軍や研究所の関係者のほかに、ギルドのスカウトも多数列席している。
すでに試合が始まる前には、俺を含め参加する生徒全員にあいさつに来ていた。
二階堂や伊集院は軽くあしらっていたが、スカウトならやはり目は肥えているだろう。
本当に、こんな奴らの前で戦って大丈夫なのか心配になってくる。
俺は待合室に戻った。
「お前の一回戦の相手は北海道の三年だそうだ。たぶんエース級だな」
「いつもなら一年の代表になどは期待もしませんのですけれど今回はなんとしても勝ってもらいたいわ。いきなり負けるのだけはなんとしても避けて頂きたいの。20層台を攻略したというなら、それにふさわしい力を見せてもらえるかしら」
「俺の心配はいいから、自分たちのことに集中してくれ」
そんなことよりも俺には考えなくてはならないことがあるのだ。
情報を持ちすぎていることを軍にでも嗅ぎつけられたら、こんな試合の勝ち負けどころではないくらい面倒なことになる。
そんなことを考えていたら、俺の方もいきなりピンチになってしまった。
俺の最初の相手は北海道組の一人で、いつかトイレで突き飛ばしたのをその特徴的な丸刈りとともに覚えている。
どうやら相手も俺とわかったようで、その顔に緊張が走った。
これは油断を引き出せそうにもない。
二人して神妙な顔つきのまま闘技場にあがる。
「いきなり二回戦でおめえと当たるとはついてねえべ。20層突破とか言って表彰されてたけども、おめえの実力は絶対にそんなもんのはずがねえ」
「そんなことない。そのくらいの実力だ」
決勝戦の速水だけ警戒していたので、まだスケルトンは召喚すらしていない。
いきなり一回戦からコイツと当たるなんて予想できなかった。
対戦表を組んだ段階では俺はまだ東京組で期待されていなかったことから、初戦で北海道組と当たることになってしまったのだろうと思われた。
対戦表くらい確認しとくべきだった。
「ふざけんなや。俺を軽々と突飛ばすなんて速水にもできねえんだぞ」
あんまりこいつを喋らせておくと面倒だから、始まったらさっさと倒してしまおう。
こいつのステータス自体は大したことがない。
物理にちょっと強いくらいだから、魔法かなにかで倒してしまえばいい。
「始めッ!」
合図と同時に俺は目隠しがわりのフレイムバーストを放ちまくる。
坊主頭は警戒しているのか距離を詰めてこない。
ならば好都合と、俺はひたすら魔法を放ちまくった。
「はあ!? なんだそりゃ! なんで魔法使いの真似事なんッ……」
爆炎の中で坊主頭が抗議の声を上げるが、それを打ち消すように魔法を放つ。
適当に紛れさせたボルトで硬直した坊主頭は、次に放ったフレアの一撃で場外まで綺麗に飛ばされていった。
そしたら観客席からもの凄い歓声がわき起こる。
これなら魔法の威力からも俺のレベルは推測できまい。
俺は恐る恐るVIP専用の観覧席に視線を走らせるが、研究所の役員らしき人はなにやらメモ用紙にペンを走らせているところだった。
なんだか嫌な感じだが、その表情には深刻そうなところはない。
俺はひとまずうまくいったことに大きく息を吐いた。
それでも役員という割には白衣なんか着ていて、研究員のような雰囲気があるのが気味わるい。
闘技場を降りたら、ちょうど二階堂が待合室のある方から出て来たところだった。
次の三回戦の相手は速水だから、これは勝てない勝負である。
すでに二階堂は、熊本のエースとの初戦をギリギリで辛勝している。
その場で突っ立って試合を見ていたら、二階堂はほとんど戦いもせずにあっさりと負けを認めてしまった。
「あとはお前に任せる」
とか何とか言っている二階堂と控室に戻った。
そして俺の次の対戦相手である竜崎は戦いもせずに負けを宣言し、会場は少しどよめいていた。
同じ学校の生徒が対戦相手だった場合、そこで片方が辞退するのは珍しいことではない。
しかし、そのどよめきの大きさからみても観客から一番期待されていたのは竜崎だったのかもしれない。
「あとは任せるわ」
それで決勝の相手は速水となった。
俺は三体のスケルトンを引き連れて、速水の待つ闘技場にあがる。
それだけで会場全体がどよめいていた。
凄い熱量である。
スケルトンを鑑定すれば、スケルトンロードと表示されていることだろう。
あの29層で六文銭を苦しめたモンスターである。
「チッ、そんなものを隠し持ってやがったか。たしかに六文銭が手放してれば、そんなスクロールがあったとしてもおかしくはないな。けどよ、普通そんなもんをこんな場面で使うかね」
速水は六文銭が29層で出したスクロールを俺が使ったと思っているようである。
その勘違いはむしろありがたい。
「こっちにも色々と事情があるんでね」
「おい、審判! こんなのありかよ!」
「問題ない」
買収済みの審判は、当然ながらそう答える。
「テメェ、そんなもんまで使って勝って嬉しいのかよ。それで何になる。バケモノだと言われてる二年の女が、あそこまであっさり負けを認めるからおかしいと思ったぜ。最初からまともに戦う気がねえとは思わなかったよ。東京組は腐ってやがるな」
さすがの速水もこれは予想できなかったようである。
観客の方からも、そこまでするのかという呆れを含んだ気配を感じた。
しかしスケルトンロードを見て喜んでいる奴らも少なくない。
もともと東京組は貴族が多いから、どんなことをしてでも勝たなければならない勝負ということもあって、どんな手を使ってくるか楽しみにしていた奴らもいたのだろう。
「コヤツノ閣下ヘノ暴言、捨テ置ケマセン。ドウカ私ニオ任セクダサイ」
速水の言葉に勝手にキレたらしいスケルトンが一歩前に歩み出た。
「スケ太郎か……。よし、やってみろ」
「チッ、ふざけやがって」
太郎一人に任せるのは不安だったが、もし負けたとしても次郎とスケサンが組めば負けることはないだろう。
スケルトンが喋ったことで速水に驚いた様子はない。
スケ太郎の槍はそこら辺の低レアに交換してあるので、そこからは何もわからなくしてある。
召喚に装備を持たせることができるのは広く知られているので特に問題はないはずだった。
開始の合図がかかった途端、速水は俺をめがけて駆けてきた。
重そうなボディアーマーを身につけているのに、その重たさを全く感じさせない動きだ。
そこを横から突き出された槍に貫かれて血煙が上がる。
速水は10メートルほども吹き飛ばされた。
さすが軍人の卵だけあって重傷をものともせずに立ち上がるが、その左腕はだらんと垂れさがっていた。
それに地面で頭でも打ったのか、その足取りはふらついている。
観客は盛り上がっているし、力の差も危惧したほどのことはない。
「畜生があああッ!」
今度は真正面からスケルトンに向かうが、攻撃が届く前にスケルトンに突き飛ばされる。
胸をやられたのか、おびただしい血が筋を引いて飛び散り、闘技場の白い石畳はさながら殺人現場のようになった。
「雑魚メ」
「チッ、バケモノか。おい! 正々堂々戦わねえか。真っ当にやって勝てないからって、こんなもん使ってんじゃねーよ。スクロールに頼るなんて卑怯だぞ。この臆病モンが!」
怪我をものともせずに飛び起きて、すぐにスケルトンへ構えをとるのはさすがと言える。
よく訓練されているし、そのくらいで意思を折られているようではダンジョンでの成功などない。
低い魔力でヒールなんか使っているが、そんなのは気休めにもならないだろう。
「返す言葉もないね」
「だったらこいつらを引っ込めろ。今からでもいい。まともに戦おうじゃねーか」
「悪いが、その提案には乗れない」
俺がそう言ったら、速水は表情を歪めて苦し紛れの魔法を放つ。
熟練度の低いフレイムランスは俺にかすりもせずに明後日の方向に飛んでいって、観客席に当たる直前に闘技場のシステムによって打ち消された。
「クソが!」
その捨て台詞を最後に、スケ太郎の突きを食らった速水は場外に飛ばされて終了を告げるブザーが鳴った。
歓声がわき起こったかと思うと、ちょうど観客席からなにかが浮かび上がるのが見えた。
なんだろうと思って目を凝らすと、それは大柄な女生徒のように見える。
桜華学園の制服を身にまとった女生徒はそのまま空中から目の前に降りてきた。
休日とはいえ全寮制の学園だから制服を着ている生徒もいないわけじゃない。
でもどこかに違和感を感じるその立ち振る舞いは、非常に嫌な予感をさせた。
俺の前に降りてきたそいつは地の底から響くような声で言った。
「我が名は魔人アスラ。お前がこの世界で一番強いらしい。ならば命を賭してワシを楽しませるがよいぞ。それがお前の世界を破滅より救う唯一の方法だと心得よ」
あー、攻略本にあった学園長よりも主人公のレベルが高いとシナリオが分岐することがあるってのはこのことか。
俺のレベルでもフラグが立って、しかも最初の分岐ポイントで当たりを引くとはついていない。
これでもはやのん気に正体を隠したいとか言ってる場合ではなくなった。
俺はアイテムボックスを開くと、中から正宗と小烏丸を素早く引き抜いた。
必死こいて二本の刀を鞘から出して両手に構える。
二本持つとやたら扱いにくくなるそれらに苦労しながら準備を終えると、目の前の魔人もどこからともなく紫のオーラを纏った巨大な剣を取り出したところだった。
すでにその姿は巨大な角を持つ紫の巨大な体躯となり、制服だったものは灰となって宙を舞っている。
あまりにも現実感がない光景に、もっとうまいものでも食べておくんだったとか、そんな考えが俺の頭を通り過ぎていった。
いつの間にか観客席は静まり返って、耳に痛いほどの静寂を感じる。
その次の瞬間には誰かの悲鳴が上がり、それを皮切りに観客席はパニックに包まれた。